マーチャント・マーク

肖像画の人物はトーマス・グレシャム(Sir Thomas Gresham; 1519-1579)。彼はイギリス商人で、王立取引所(Royal Exchange)の設立者。エリザベス一世に仕え、『悪貨は良貨を駆逐する(bad money drives out good)』-グレシャムの法則-を提唱したことでも知られています。簡単に言えば、同じ金貨でも金の含有量が多いものと少ないものがあれば、人間は良貨を手元に置き、悪貨を支払いに回そうとするので、悪貨の方が多く市場に流通する。額面価値は同じでも、実際には二重の価値差が生じるという意味合いを示しているそうです。
 
Source; Wikipedia
Portrait of Thomas Gresham
Flemish school, collection of the Mercers' Company, City of London
 
さて、今回のお話は彼自身ではなく、マーチャント・マーク(Marchant Mark)について。マーチャント・マーク、つまりは「商人標」のことです。古くからシールのようなものは存在していましたが、13世紀になると英国や大陸諸国で、線状の図形やモノグラム等で構成されたマーチャント・マークが普及したそうです。商人の数が増加し、その識別、商品の認証が必要となった訳です。例えば、船が難破したり海賊に襲われたりと、何らかの災難に遭遇してしまった際に、取り残された商品に関して、所有権を証明することにありました。
 
上のトーマス・グレシャムの肖像にはそんな彼のマーチャント・マーク(左上)が記されています。これは彼が26歳の時、アン(Anne née Ferneley)との結婚に際し描かれたもの。右側には夫婦のイニシャル『AG』と『TG』を記して結婚を誓っています。足元に描かれた頭蓋骨は、西洋美術でよく見られる『ヴァニタス(vanitas)』。人生の空しさの寓意を表すもので、豊かさなどを意味するさまざまな静物の中に、人間の「死」を描いたものだそうです。
 
マーチャント・マークは、不動産所有や大規模な商取引が活発化すると、裕福な人々の間で一般に使用されるようになりました。それは明白かつ認識可能で、即座に記すことの出来るものである必要がありました。もともとは所有者の名前のイニシャル、職業に関する単純化されたシンボルなどを組み合わせたもので、模倣犯罪もあったのでしょうね。マークはだんだんと複雑化していったようです。下図は中世時代、遠方との交易が盛んだったノリッジ(Norwich, England)の商人たちにより使用されていたマーチャント・マークたち。なんだか古代北欧人が使用したルーン文字の複雑版みたい。
 


Source; Wikipedia
A selection of merchants' marks used
by medieval merchants of the City of Norwich, England

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