イギリス地名の由来

イギリスは色々な場所に行きました。一人旅だったり、友達と行ったり、両親とだったり、旦那はんとだったり。それぞれの場所に思い出いっぱいです。そのたびに調べているのが地名の由来。色々な由来があっておもしろ~い!と思ってしまう私。せっかくなので、これまで調べたことをこのページにまとめておこうと思います。なお、調査対象は個人的な趣味によるため行ったところのみ。個人の趣味の範囲内でご覧ください(情報収集・翻訳 by i-ADNES)。随時追記予定。何故か文字の色が勝手に反転されていることがあります。
地名・由来に関するその他の記事一覧; i-ADNES

(英語のアルファベット順)*=地域、エリア名など。**一部地名は写真の掲載してある「i-ADNES(英語版・日本語版)」にリンクしています。 ***DB=ドゥームズディ・ブック。****西暦の前の「c」はラテン語のcircaで約~年頃の意味。*****【 】内は過去に使用され記録に残されたスペリング。


イングランド (ENGLAND);
イングランドとは、古英語で「アングル人の土地」を意味する『Englaland』に由来。アングル人とはゲルマン系の部族で、5世紀頃海を渡ってグレートブリテン島にやって来て、王国を築いた人々。

オールドブラALDEBURGH, Suffolk);北海に面したかわいい町。変わった建物が建ち並ぶ。『Alde Burgh』は「古い砦(Old Fort)」という言葉に由来。この砦、今では海へ水没し、失われてしまったようだ。
オルダムALDHAM, Essex);「Ealda族の村(Ealda's Ham)」か「古い村(Old Ham)」を意味する。【Aldeham(DB), Aldenham(1167)】
アーレイARLEY, UPPER ARLEYWorcestershireイーグルの森(eagle wood)を意味する古英語「earn-leah」に由来。【Earnleie(996), Earnlege(1001), alia Ernlege(DB), Arnleg(wood)(1232)】。
バンステッド(BANSTEAD, Surrey);アングロサクソン語で「豆(Bean)」を意味する『bene』と、場所を意味する『Stede』に由来する。DBには『Benestede』と記されている。【Benstede(675), Banstede(c1269), Benestedand, Bansted(13c), Bendestede(14c), Bansted(18c)】
バーキングBARKING, Suffolk);「Berica の人々」を意味する。【Berchinges(c1050), Berchingas(DB)】。
バトルズブリッジBATTLESBRIDGE, Essex村にはアンティークショップがある。地名の由来ははっきりとしていないが、14世紀、この地域に住み、1372年に橋を再建したとされるレジナルド・バタイユ(Reginald Bataille)にちなんで命名されたと考えられている。他に、近くで行われたアサンダンの戦い(Battle of Assandun; エドマンド剛勇王〔エドマンド2世〕vsデーン人のカヌート王)に由来するという説もある。【Batailesbregge】
ベックルズ(Beccles, Suffolk); 「川沿いの牧草地」を意味する『bec-laes』という言葉に由来する。町はウェイヴニー川(the River Waveney)沿いにある。【Becles(DB), Beacles(c.1095), Beclis(1157), Becclis(1158)】。
ベルチャンプ・ウォルター(Belchamp Walter, Suffolk)ベルチャンプは「beam(梁)」を意味する『belc-』と「村・集落・家」などを意味する『-ham』から成り、「梁のある屋根の家」というような意味と考えられている。ウォルターは人名で「Walter de Teye」の所有する家・土地という意味。【Bylcham(939), Belhcham(c1040), Belcham, Belcamp(DB)】
バイブリーBibury, Gloucestershire)ウィリアム・モリスが「英国で最も美しい村」と賞賛した町。「Beageという女性の城・マナーハウス(Stronghold or manor house of a woman called Beage)」の意味があるらしい。【Beaganbyrig, Becheberie】
ビラリッキー(Billaricay, Essex)以前は『Billerica』として知られる。正確な由来は不明。ローマン・ブリテンの「ヴィラ・エリカ(Villa Erica (Heather Villa)」に由来するという説や染織工房(dyehouse or tanhouse)を意味する中世ラテン語の「bellerīca」に由来する等いくつか説が存在する。【Byllyrica(1291)】。
バーミンガムBirmingham, West Midlands)古英語『Beormingahām』に由来。「ベオルンマンド族の村」という意味。6~7世紀にベオルマンドという名のアングル部族が最初に築いた居住地。
ブラックモアBlackmore, Essex)「真っ黒な土壌と点在した湿地・沼地('Black Marsh' or 'Black Swamp')」に由来。
ブラック・ノットリー(Black Notley, Essex)隣村のホワイト・ノットリーと併せて、かつてはノットリーと呼ばれていた。地名は古英語の『knut』 と『ley』に由来すると考えられている。意味は「木の実の草地(nut pasture)」で、Hnutlea(998), Nutlee(1200)、DBにも【Nutle】として記されている。ノルマン・コンクエストの後、エセックス伯ジェフリー・デ・マンデヴィール(Geoffrey de Mandeville)とノーフォーク伯のロジャー・ビゴッド(Roger Bigod)の土地となると、彼らは2つの教会を建て、村はホワイト・ノットリーとブラック・ノットリーに分けられるようになった。なぜブラックとホワイトなのかは説明が見つけられず。
ボートン・オン・ザ・ウォーターBourton-on-the-water, Gloucestershire)ボートン(Bourton)は「要塞(fort)やキャンプ(camp)」を意味するサクソン語の『Burgh』と、「村(village)や居住(settlement)」を意味する『トン(ton)』が融合したもので、「キャンプのそばにある村(the village beside the camp)」という意味。この周辺では、集落跡が発見されており、石器時代(Stone Age)や青銅器時代(Bronze Age)の古墳も広がっている。
ボックステッド(Boxted, Essex);古英語の『bōc-hamstede』に由来し、「ブナの木に囲まれた場所・家(homestead among beeches)」を意味すると考えられている。【Bocchesteda, Bucchesteda(DB), Bochesteda(c1130), Bokestede(1180)】等。
ブラッドフィールド(Bradfield, Essex);古英語の『brād』と『feld』から成り、広いオープンフィールド・草原を意味する。【Bradefelda(DB), Bradefeld(1196)】。
ブレイントリー(Braintree, Essex);由来には複数説あり。古くは『Branchetreu』という名で記録が残っている。「Brancaという名の人の木(Tree of a man called Branca)」を意味すると考えられている。ただしこの町を流れるブレイン川の名前の由来は別。
ブレントウッド(Brentwood, Essex);ブレントウッドはかつて大森林の一部だったため、町の名は他の町と比べると新しい。森の空き地に人が住み着いたことから、1700年代に古物商が町の名は「Burnt(焼けた)」と「Wood(森)」が融合したものと想定した。その地域の主な仕事が木炭焼きだったことに由来する。18世紀の地図には『Burntwood』と記されている。『Brent』は中英語で「Brunt(焼けた)」を意味した。
ブリッジノース(Bridgnorth, Shropshire);ブリッジノースの地名は、セブン川に橋が架けられた後に名付けられた。クウァットフォード(Quatford)の村で早くに架けられた橋より、さらに北に位置したことに由来する。
ブルームフィールド(Broomfield, Essex);エニシダに覆われたフィールドを意味する。【Brumfelda(DB) Bromfeud(254)】
ブリストル(Bristol, South West England);古英語で「橋の場所(the place at the bridge)」を意味する「Brycgstow」あるいは「Brigstow」に由来。1020年頃には、独自の造幣所を有し、町の名前を冠したシルバー・ペニーを生産しており、主要な交易の中心だった。
ブルマー(Bulmer, Suffolk);古英語の『Bulena mere』に由来し『雄牛のいる湖・沼(Bulls' lake)』を意味すると考えられている。【Bulenemera(DB), Bulemere(1178)】。
ビュアズ(Bures, Essex Suffolk Border);古英語で「コテージ(cottage)や東屋(bower)」を意味する『bur』から派生したものと考えられる。【Bura(DB), Bures(1199)】。
ベリー・セント・エドマンズ(Bury St Edmunds, Suffolk);イースト・アングリアのエドマンド王(Edmund the Martyr)がデンマーク人に殺害された後、埋葬(Bury)された大聖堂のある町をベリー・セント・エドマンズと呼ぶようになったという話が一般的に知られている。しかし実際には正統性はなく、町はもともと『Beodericsworth』という名前だった。「Beodericという名の人の住居」を意味する。11世紀の初め頃『Bury』という名に変更されている。この『Bury』は埋葬を意味する英語の「Bury」ではなく、地区などを表す「ブラ(borough)」と同系語で、ゲルマン語派の『Burgs(要塞)』から派生したもの。古ノルド語(Old Norse)の「城壁や城(Wall, Castle)」を意味する『borg』、あるいはゴート語(Gothic)の「都市(City)」を表す『baurgs』などと同系。セント・エドマンズ(St Edmunds)は、エドマンド王の埋葬後、有名な巡礼地となったことから付けられた。
ケンブリッジ(Cambridge, Cambridgeshire);ケンブリッジを流れるカム川(the river Cam)は、かつて「グランタ川(the river Granta)」と呼ばれていた。ローマ人が去った後、サクソン人が土地を占領し『Grantabrycge』と名付けた。「グランタ川に掛かる橋(Bridge over the river Granta)」という意味。時間の経過とともに「ケンブリッジ(Cambridge)」へと変化した。
カンタベリー(Canterbury, Kent);もともとブリソン人の居住地を『Durou̯ernon』と呼んだ。『Duro』は「要塞、とりで、城(Stronghold)」を意味し、『Uerno-』は「alder tree(はんの木)」を意味する。ローマ征服者により『Durovernum Cantiacorum』と改名され、後にジュート人住居となると「Canterbury(カンタベリー)」という英語名を得た。それは古英語『Cantwareburh』に由来し「ケントの人々のとりで(Kent people's stronghold)」を意味する。
カッスル・ヘディンガム(Castle Hedingham, Essex);「Hypingaという人々の居住地」を意味する 【Hidingaforda(DB), Heingeford(1190)】。
チョークウェル(Chalkwell, Essex);古い農家「チョークウェル・ホール(Chalkwell Hall)」に由来。元々は農地で20世紀初頭に住宅開発が行われた地域。チョークウェル・ホールは何度か再建されており、現在の建物は1830年頃に遡る。その敷地には現在は塞がれているが、深さ約6ftの井戸から溢れる枯れることのない泉があり、おそらくその井戸に四角い石灰岩(チョーク)が並んでいたことに由来。現在チョークの痕跡は残されていない。
チャペル(Chappel, Essex);かつてはコーン川(Colne)に架かる橋『Britric's bridge』をラテン語化した『Pontisbright』 という名(ノルマンコンクエスト以前の保有者により付けられたと推定)だった。『Bridgehallwick』という代替名も残されている。「hall」はホール(hall)ではなく、おそらく牧草地(meadow)を意味する「halh」に由来。酪農を開始していることを示している。チャペルという名は16世紀になってから。1285年に建てられた小さな礼拝堂に由来する。人々は祭りの際グレートテイの教会へ通っていたが、距離があるため教区も分割され、独立した教会区となった。
チェルモンディストン(Chelmondiston, Suffolk);おそらく、古英語で一般的な人名「Chelmond かCeolmund という人の村(village, dwelling)」を意味する。以前は「Chelmington」として知られていた。チェルモンディストンは1086年のDBには記録されていない。かつてはサドベリー(Sudbury)の北、東、南東に位置する大きな町で構成された「Babergh Hundred」に属し、DBには『Baberga(おそらくBabbaという人の小さな丘の家)』として記されている。
チェルムスフォード(Chelmsford, Essex);末尾が『-ford』で終わる場合、「ford(浅瀬)」を意味する場合が多い。チェルムスフォードの場合も『Ceolmaer』という名の人に関係ある浅瀬に由来すると考えられている。「Ceolmaerという人の浅瀬(Ceolmaer's ford)」の意味。現在のハイストリートにあるストーンブリッジ付近と考えられている。
チェスター(Chester, Cheshire);ローマ人がカストラム(軍事防衛拠点・野営地)として築いた町で、町を流れるジー川(The River Dee)、あるいはジー川の女神の名前から『Deoua』という名前だった。後にサクソン人の支配下になると、「かつてのローマ軍の要塞(The fort where the legions used to be)」を意味する『Legaceaster』と呼ばれるようになった。11世紀頃に『Ceaster』と変化している。
チチェスター(Chichester, Sussex);アングロサクソン年代記(The Anglo-Saxon Chronicle)によると、町はこの土地を占領したサクソン人Ælleの息子『Cissa』にちなんで名付けられた。サクソン人はローマ軍が残した砦を『Ceaster』と呼んだことから、町は『Cissaの要塞(Cissa's ceaster)』として呼ばれるようになった。チチェスターは878‐879年頃、アルフレッド大王の時代、ローマ時代の砦を利用して築かれた要塞都市(fortified city)の一つである。【Cisseceaster(891), Cicestrensis(1070), Cicestre(c1114), Cycestr(1167-68), Cicestria(c1180), Chichestra, Chichestre(1297)】。
チッピング・カムデン(Chipping Campden, Cloucestershire);古英語で「マーケットやマーケットの場所」を意味する『cēping』と「キャンプや囲いのある谷(valley with camps or enclosures)」を意味する『campa-denu』 に由来。古くは『Cheping Coumpedene』というスペリングで記録が残されている。マーケットを意味するチッピングは市場特権を取得した(1158)後に付け足されたもの。
チッピング・オンガー(Chipping Ongar/High Ongar, Essex);古英語で「マーケットやマーケットの場所」を意味する『cēping』と「草地や牧草地」を意味する『angr』に由来。『Aungre(1043-5), angra(DB), angre(1240)』等のスペリングが残されている。他にハイ・オンガーが存在する。かつてチッピング・オンガーはリトルオンガー(Little Ongar)とカッスル・オンガー(Castle Ongar)に分かれ、現在のハイ・オンガーはグレート・オンガー(Great Ongar)とオールド・オンガー(Old Ongar)に分かれていた。
クラクトン・オン・シー(Clacton-on-Sea, Essex);名前の由来は「Claccの人々の村」を意味する『Claccingaton』である。DBには『Clachintuna』というスペリングで記録されている。
クレア(Clare, Suffolk);「澄んだ、透明な(小川)(clear (stream))」を意味する。【Clara(DB), Clare(1198)】。
コゲショル(Coggeshall, Essex);歴史を通し、異なる発音やスペリングが多様に使用され、由来については様々な説が浮上し、以前からかなり議論が重ねられている地名。記録が残されている中で最も古いものは【Coggashael】、DBでは1086年より【Cogheshal】として記されている。また『Cogshall, Coxal, Gogshall』とするものもある。1224年には『Sunnydon』という別名で引用されていたこともあった。石碑から、ローマ時代、その地域の領主の名前『Coccill 』に起因するという説などがあった。立地や地域の歴史的背景を考慮し『-hall』はアングロ・サクソン語の 『healh』に由来し、「a nook or hollow(人目に付かない所やくぼみ)」の意味で『Cogg』は名前ととらえ、「nook or hollow of Cogg(Cogg のくぼみ)」というような意味ではないかと考えられている。イギリスには似たような地名がいくつかある。
コルチェスター(Colchester, Essex);イギリス最古の町。ケルト語で「戦士の神Camulosの要塞」という意味の『キャミュロドゥノン(Camulodunon)』と呼ばれていた。紀元43年のローマ軍の征服により要塞がつくられると、『Camulodunon』の名は『キャミュロドゥヌム(Camulodunum)』と改められた。10世紀、町はサクソン人により『Colneceastre』と呼ばれた。『Colne(コーン)』は川の名前に由来し、「Water(水)」を意味する英語とケルト語のルーツとなった『Colauno』から派生したものと考えられている。また『-Chester』は古英語の『Ceaster』に由来し、ローマ人の砦を意味する。
コーン・エンゲイン(Colne Engaine, Essex); Colneはケルト文化以前の起源であることが知られている川の名前。 エンゲインは13世紀にこのエリアの領主だったVital Engaigneという人物の名前に由来。Engaineは、古フランス語で『創意、発明、想像力』を意味する語「engaigne」と同様、あるいは関連のあるフランス名である。
クームス(Combs, Suffolk); 古英語『Camb』の複数形。「丘の頂上、せり出した部分(Comb, crest of a hill)」を意味すると考えられている。【Cambas(DB), Cambes(1130)】等。
コップフォード(Copford, Essex);コッパという人の浅瀬(Coppa's Ford)と言う意味。『Coppanford(995以前), Copeforda(DB)』。
コッツウォルズ地方*(Cotswolds);コッツウォルズは「羊の囲い(sheep enclosures)」を意味する『Cod』と「穏やかな傾斜の陵丘(gentle hills)」を意味する『wold』が融合した名前。また、12世紀の『Codesuualt』から派生したという説や「コッドの丘(Cod's high open land)」を意味する『Cod's-wold』に由来するという説もある。この場合の「コッド(Cod)」は古英語の個人名の略称で、【Cutsdean, Codeswellan, Codesbyrig】等が考えられている。また、ケルト神話でコッツウォルズに住むとされる地母神の名前『Cuda』という説もある。
コヴェント・ガーデン*(Covent Garden, Area in London);1200年頃からウェストミンスター大修道院(The abbots of Westminster)の所有地として、文書に名前が残されている。かつては『Convent』と綴られていた。『Covent』とは特定の宗教的コミュニティを指す英仏用語(an Anglo-French)。この土地では修道士やロンドンの住人が食する野菜をまかなう野菜畑(Garden)として利用されていた。修道院は1515年に壁に囲まれたこの土地を貸し出し、コヴェント・ガーデンという名前を採用したことに由来。
クレッシング(Cressing, Essex);古英語で『Cærsing』。意味は「クレソンが生える場所(Place where water-cress grows)」。
クローマ(Cromer, Norfolk);『Crows Mere』という言葉に起因すると考えられる。「カラスが多い湖(Lake frequented by crows)」という意味。
クロイドン(Croydon, South London);アングロサクソン語で「クロッカス」を意味する『Croh』と「谷」を意味する『Denu』に由来すると考えられている。サフランは染料、香料、医療用として昔から使用されており、かつてサフラン(Saffron Crocus)が栽培されていた場所で、主に薬用としてロンドン市場へ出荷されていた可能性が高い。
クリスタル・パレス*(Crystal Palace, Residencial area in South London);1851年にロンドンのハイドパークで開催された第一回万国博覧会の会場に建設された鉄骨とガラス張りの建物に由来。劇作家ダグラス・ジェラルド(Douglas Jerrold)が、建物完成前に、雑誌で「まさにクリスタルの宮殿(a palace of very crystal)」と引用したことから採用された。万博終了後、建物は解体され、1854年にロンドン南郊シドナムに再建されたが、1936年11月30日の火災で全焼した。建物のあった公園や住宅街の地名として名前が残されている。
デベナム(Debenham, Suffolk);もともと「深い谷(deep valley)」を意味する古英語に由来すると考えられている。実際の場所は谷より高い位置にあるが、谷間を流れるデベン川(Deben)の支流からそれほど離れている訳ではない。デベン川の名は「深い川」を意味する『Deope』に由来し、デベナムは「デベン川(の谷)にある居住地(homestead in the valley of River Deben)」を意味する。また、この苗字の人(祖先)はデベナムの出身である。【Debham(c1250), Depham, Depheam, Depbenham(DB), Debeham(1168, 1172), Debenham(1226)】。
デダム(Dedham, Essex);「Dyddaという名の人の居住地/村(Homestead or village of a man called Dydda)」を意味する。【Delham(DB), Dedham(1165, 1169), Diham(1202), Didham(1428)】。
ディス(Diss, Norfolk);古英語で「溝(ditch, dyke)や土手(embankment)」を意味する『dic』に由来。『c』が『s』に変化しているのはノルマン征服の影響。町は深い自然湖の周囲につくられている。湖の深さ6m、その下に15mの泥の沈殿があるらしい。【Dice(DB), Dic(1130), Dize(1158), Disze(1190), Disce(1191)】。
ドーヴァー(Dover, Kent);ドーヴァーの名は、町を流れるドーヴァー川(the River Dour)に起因する。ブリソン語で「水域、川の流れ(The waters)」を意味する『Dubrās』に由来。ドーヴァーで有名な「アルビオン(Albion)」と呼ばれる白い崖(White Cliffs)もまた、ラテン語で「白い(White)」という意味。
ドーヴァーコート(Dovercourt, Essex);スタゥア川の河口に位置する小さな町。「ドーヴァーと呼ばれた川に囲まれた農家の庭(Enclosed farmyard by the river called Dover)」を意味すると考えられている。ドーヴァーは古英語で「水(Water)や運河(Channel)」を意味し、コートはラテン語の『Cohors, Cohortem』から派生し「壁などで囲われた土地(a clear space enclosed by a wall)」を意味する。【Dovorcortae(c1000), Druurecurt(1086)】。
ダドリー(Dudley, West Midlands);古英語で「Duddan Leah(Duddaという名の人物が所有する森)」を意味する。【Dudelei(DB), Duddele(1221), Doddeley (1279)】。
イースト・バーグホルト(East Bergholt, Suffolk);古英語の『Beorg-holt(丘の側にある雑木林)』に由来すると考えられている。【Bercolt(DB), Bercholt(1130)】。
アールス・コーン(Earls Colne; Essex);村を流れるコーン川(The River Colne)と1086年以前から1703年にかけてオックスフォード伯爵(Earls of Oxford)が荘園(the manor of Earls Colne)を所有していたことに由来する。 Colneはケルト文化以前の起源であることが知られている川の名前。
エッキントン(Eckington, Worcestershire);「Eccaという人、あるいはその人々の土地・集落」を意味する。【Eccyncgtun(972, 1282), Aichintune(DB), Akinton(1197) 】。
エルムテッド(Elmstead, Essex);【Almesteda(DB), Elmested(1201)】。おそらく古英語『Elm-hamstede』に由来し、おそらく「ニレの木の側の場所」を意味する。
イーリー(Ely, Cambridgeshire);イーリーは、うなぎを意味する「eel」と、島を意味する「-y」あるいは「-ey」から生じたといわれている。かつて、イーリーは沼地帯でうなぎが取れた。また、今は丘の上にある大聖堂だが、かつては島のように孤立して建っていたことに由来する。
エピング(Epping, Essex);『-ing』は「~(誰々の)家族またはその追随者」という意味があるが、エピングの場合、誰というより彼らが住んだ場所に関連している。古英語の『Yppe』、「高くなった場所、見晴らしの場所(a raised place, a place)」から派生した『Yppingas』に由来する。1086年のDBには【Epinga】と記され、森林の端に散在する農家やチャペルのある小さな集落とされている。
イートン(Eton, Berkshire);古英語で『Ea-tun』、「川岸の町(Town on the river)」を意味する。DBには【Ettone、Etone】と記されているが、現在のスペリングが使用されるようになったのは1298年になってから。
アイ(Eye, Suffolk);「目」と同じスペリングだが「島(island)や水辺の土地(land by water)」を意味する古英語『ēg』から派生したと考えられている。ここの最初の居住地はダヴ川(The River Dove)とその支流により形成された水辺や湿地帯でほぼ完全に囲まれていたと考えられている。【Eia(DB), Eye(1190)】
フェアステッド(Fairstead, Essex);「美しい場所」を意味する。【Fairsteda(DB), Fairsted(1229)】。
ファーンボロ(Farnborough, Hampshire);「シダ(植物)に覆われた丘(fern-clad hill(s))」を意味する。【Ferneberga(DB), Farnburge(1243)】。
フィーリング(Feering, Essex);【Feringes(1067), Fering(1196), Ferringes(1206)】。おそらく人物名『Fera』から派生したか、古英語で「サービスに適した」を意味する形容詞『fëre』から直接派生した『fëringas』に由来。
フェリックストゥ(Felixstowe, Suffolk);正確な由来は分かっていない。7世紀、イースト・アングリア地方にキリスト教をもたらしたブルゴーニュ僧の聖フェリックス(St Felix)に由来するのではないかという説がある。実際、11世紀には町に聖フェリックス修道院があったとされ、『Stowe』には「聖地、巡礼地(Holy Place)」という意味もあることから、「フェリックスの場所(St. Felix's Place)」を意味するのではないかと言われている。しかし、その説については疑問視する歴史家もいる。
フィンチングフィールド(Finchingfield, Essex);「Finc あるいはその人々の土地、フィールド」と言う意味。実際にGodric FincやFincesなどの姓が記録にあるそうだ。過去に【Fincingefelda(DB), Finchingefeld(1177, 1193), Finchelesfeld(1190), Finchesfeld(1194), Finchefeld(1203)】等。
フラットフォード(Flatford, Suffolk);12世紀には『Flotford』と記録されている。「Flot」は平らな地面、平地の一部を意味する。「平地にある浅瀬」。
フレンプトン(Flempton, Norfolk);アングロ・サクソン時代に村を築き住み着いた人々、フランドル/フランダースの人々を指す「Flanders(Flemings)」に由来。【Flemingtuna(DB), Flameton(1195),Fleminton(1197)】
フォレスト・ヒル(Forest Hill, South East London);この地域は森に覆われ、グレート・ノース・ウッド(Great North Wood)の一部であったことから、もともとは単純にフォレスト(The Foreest)という名前だった。
フラムリンガム(Framlingham, Suffolk);「Framelaという人々の村、居住地」を意味する。【Framalingaham, Fram(e)lingaham(DB), Framillingeham(1175)】。
フリントン・オン・シー(Frinton-on-Sea, Essex); DBには『Frintuna(1086)』と記されている。「Frithaという人の農場」あるいは「保護された農場」を意味する。『-on-Sea』はプロモーション用に付けられたもの。
フルム(Frome, Somerset);古英語で『Fair、Fine(きれいな)、brisk(さわやかな、勢いのある)』を意味し、川の流れを表現する『ffraw』という言葉に由来。
ファイフィールド(Fyfield, Essex);「5ハイド(Five Hides)」を意味する。ハイドはアングロサクソン時代のイングランドの地積及び課税の単位(犂1丁と牛8頭で一年間耕作しうる広さ)すなわち農民の一家族を養うに足るとされた面積(地方により異なる;40-120acres)〔リーダーズ英和辞典参照〕。【Fifhidam(DB)】。
ゴダルミング(Godalming, Surry);「Godhelmの家族」という意味のサクソン語『Godhelms Ingus』に由来し。おそらく最初の荘園領主(Lord of the manor)の名前に由来していると考えられている。【Godelmingum(880), Godelminge(1086)】。
グッド・イースター(Good Easter / High Easter, Essex);『Easter』は「羊の囲いがある場所」を指す古英語に由来。『Good』はアングロ・サクソン時代に羊の囲いを所有していた『Godgyth』のような女性の名前に由来する。
ゴスフィールド(Gosfield, Essex);「ガチョウが頻繁に出没する場所」を意味する。【Gosfeld(1198, 1202), Gosefeld(1254)】などのスペリングも残されている。
グラスミア(Grasmere);グラスミアの『Gras』は「湖岸を草で覆われた湖」というような意味合いを持ち、『Mere』も「湖」という意味であることから、湖ということを強調するために「Mere」という言葉を後付けし、繰り返したものらしい。
グレート・バードフィールド(Great Bardfield, Essex);「川端にある土地・フィールドを意味する。『bard-』は土手や岸(bank)などを意味する古英語の『byrde』から派生したもの。【Byrdefelda(DB), Berdefeld(1191)】等。近くにパント川(River Pant)が流れている。
グレート・ホークスリィ(Great Horkesley, Essex);グレート・ホークスリィとその北にあるリトル・ホークスリィを合わせて『ホークスリィ・ヒース(Horkesley Heath)』としても知られている。古英語の『Horkaslay』に由来し「家畜(主に羊)のための農地」を意味する。また、それ以前はホークスリィ一帯は湿地帯だった。その為、メインロードは今でも低湿地に土を盛り上げた土手道などを意味するコーズウェイ(The Causeway)と呼ばれる。【Horchesleia(c1130), Horkesle(1212) etc】とも記録されている。
グレート・ノットリー(Great Notley, Essex);
グレート・ウォルサム(Great Waltham / Little Waltham, Essex);古英語で「森にある居住地」を意味する『W(e)ald-ham』に由来。【Waldham(DB), Waltho(1165-89), Waltam(1179)】。
グレート・ヤーマス(Great Yarmouth, Norfolk);『Yar-mouth』は「ヤール川の河口(Yare's Mouth, or the mouth of the river Yare)」を意味する。サクソン人はそこを『GarmudやJiermud、Jernemutha(彼らのdの発音はthのように発音)』と呼んでいた。【Gernemwa(DB), Gernemuda(1130)】とも記されている。『Great』はエドワード一世の時代にワイト島(Isle of Wight)のYarmouthと区別するため、あるいは、おそらくサフォークにあるLittle Yarmouthと区別するために付け加えられたものとされている。
グリーンステッド(Greensted, Essex);「緑地(Green place)」を意味する。【Gernesteda(DB), Grenstede(1291)】のスペリングも残されている。
グリーンステッド・グリーン(Greenstead Green, Essex, near Colchester);緑地の場所。【Grenested(c985, 1012), Grenstede(995, 1288)】
グリニッジ*(Greenwich, Area in London);「緑の港町(Green port)」、「港(Harbour)」を意味する。古くは【Gronewic(918), Grenewic(964), Grenvi(1086)】と記されている。10世紀の終わり、侵入するデンマーク人がロンドン襲撃の拠点として使用していた。
ハルステッド(Halstead, Essex);「牛のためのシェルターのある場所」を意味する。古英語の『(ge)heald-stede』に由来すると考えられている。【Haltesteda(DB), Haudested(1202), Aldestede(1212), Haltested(1272)】などのスペリングも過去に使用されている。
ヘイルスワース(Halesworth, Suffolk);小さなマーケットタウン。『Healesuurda(DB), Haleswurde(1195)』などのスペリングも残されている。「Hales-」はおそらく古英語で人の名前を表す「Hæle」に由来し、「-worth」は古英語でもともと「フェンス(fence)や囲い込み(enclosure)」を意味していた「worþ」に由来。「Hæleという人の土地」という意味。
ハマースミス*(Hammersmith, West London);古英語の『Hamor』と『Smiththe』に由来し「鍛冶職人のいる場所、鍛冶場(hammer smithy or forge)」とする説もあるが、実際は不明。「Hammoder’s Hythe(Hammoderが所有する安全な場所、隠れ場)」、サクソン語の「‐ham」と港や上陸場を意味した『Hythe』で「港や入り江(Harbour or Creek)のある町」等とする説もある。【Hamersmyth(1294), Hameresmithe(1312), Hamyrsmyth(1535), Hammersmith(1675)】等のスペリングで記録が残っているが、現在の『Hammersmith』が使用されるようになった明確な時期は不明。現在とほぼ同様の『Hamersmith』というスペリングは1712‐1820年頃使用されている。
ハリッジ(Harwich, Essex);古英語の『here-wic』に由来。「軍の居留地(military settlement)、キャンプ地(army camp)」を意味する。ハリッジは北海と河口に位置することからヴァイキングとの関わりが考えられる。現在、ハリッジ・インターナショナル・ポート(Harwich International Port)からはオランダ行のフェリーが運航している。
ハットフィールド・ぺヴェレル(Hatfield Peverel, Essex);『ハットフィールド(Hatfield)』という言葉は、野生の未開拓地の空地を意味する。ペヴェラル(Peverel)はノルマン征服後、村を所有したラノフ・デ・ペヴェレル(Ranulph de Peverel)の名前に由来。
ヒースロー*(Heathrow, the Airport in West London);イギリス最大の国際空港。ヒースロー空港は1929年に小さな飛行場としてスタート。名前はかつての集落の名に由来する。ヒースローについて書かれた最も古い記録では『La Hetherewe(c1410)』と綴られている。他に『Hithero, Hetherow, Hitherowe, Hetherowfeyld, Heath Row』ともある。中世英語(Middle English)の『Heath Row』に由来し、「ヒース(背の低い植物が群生する荒地)に建つ、あるいはヒースの側に建つ家並み」を意味する。現在のスペリングは1453年の記録が最初。
ハートフォード(Hertford, Hertfordshire);古英語語の『heort ford』に由来。「雄鹿が横断する水流、浅瀬(Ford of the hart)」を意味する。1011年のアングロサクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)にもハートフォードシャーの名前が記録されており、鹿はシンボルとしてエンブレム等に使用されている。ドゥームズディ・ブック(DB)には【Hurford, Harford(1221)】等としても記録されている。
ハイリー(Highley, Holbrook, Shropshire);【Hugelei(DB), Hugeleg(1242), Huggle(e)(1246), Huggeleye(1291)】。Huggaという人の森林皆伐(Woodland clearing of a man called Hugga)を意味する。
ホルブルック(Holbrook, Suffolk);古英語の『hol』+『broc』で、「深い谷間を流れる小川」を意味する。【Holebroc(DB), 1177】
インゲートストーン(Ingatestone, Essex);中世英語(Middle English)の『Yenge-atte-Stone、又はラテン語のGinges ad Petram』に由来し、「ストーンがある場所に住む人々(Inga at the stone)」を意味する。ストーンとはローマ街道のマイルストーン(道しるべ)だったと考えられているが、『Petra』は迷子石のような、その土地の地質とは異なった岩を指す。
イプスウィッチ(Ipswich, Suffolk);中世の町の名前『Gippeswyc』から派生したと考えられており、当時はとても影響力のある場所だった。町の名は、川の名前(The river Gipping)に由来すると考えられているが、その川の名はさらに上流にあった『Gipping』という村の名から付けられたとされている。『Gipping/ Gypping』はアングロサクソン人の名前『Gyppa(おそらく族長の名前)』に由来し、末尾の『-ingas』は「~の人々(the people of)」の意味。また『wic』は、「居住地(dwelling-place or abode)」を意味する。ドゥームズディ・ブックには【Gipewiz, Gepeswiz, Gypeswiz】等、さまざまなスペリングで記録されている。全てGで始まるが、この頭文字は近代のものではなく、Gと書いてYoghと発音する。そのためGipはイップ(Yep)と発音した。
イズリントン*(Islington, Greater London);サクソン人により名付けられた名前で、もともとは【Giseldone(1005), Gislandune(1062)】だった。古英語で個人名称の『Gīsla』と『dun (down/丘)』から成り、「ギスラの丘」を意味した。のちに名前が『Isledon』に変化し、現在の名前が使用される17世紀まで使用されていた。中世時代、イズリントンは小さな 荘園の一つにすぎなかった。
ラマーシュ(Lamarsh, Essex);「粘性質の高い湿地」又は「子羊が飼われた湿地」を意味する。古英語の『lam』は「土壌(Loam)」を意味するが、子羊(Lamb)」との区別も難しい。【Lamers(DB), Lammers(1233), Lammerssh(1327)】。
ラヴェナム(Lavenham, Suffolk);「Lafaという名の人の居住地・住む場所(homesteads of men called Lafa)」を意味する。【Lavanham(c995), Lavenham(DB)等】。
ロウフォード(Lawford, Essex);古英語で「Leallaという人のフォード・浅瀬(人の名前〔Lealla〕+浅瀬・フォード〔Ford〕」を意味すると考えられている。【Lalleford(c1042), Leleford, Laleforda(DB), Laleford(1158)】。
レイヤー・マーニー(Layer Marney, Essex);Legra(DB), Leigre(1212), Leghere(1255)。『Hugh de Marinniが所有するLegre(1207)』の意味。Legraは古英語で『ねぐらや野営(lair, camp)』的な意味がある。Merneyはフランスの姓で、おそらくノルマンディー地方Marigni(地名)から取られたもの。1066年以降、ノルマン人によってイングランドにもたらされ、特にエセックスに見られる。
リーヴェンヒース(Leavenheath, Suffolk)「Lēofa, Lēofwine のヒース・荒野」を意味する。【Levynhey(1292), Levenesheth(1351)】
リー・オン・シー(Leigh-on-sea, Essex);
レイトン*(Leyton, Area in London);「リー川のほとりにある居住地(Settlement (ton) on the River Lea)」を意味する。1921年以前は『Low Leyton』として知られていた。DBには【Leintun】と記録され、当時の人口は43人としている。
リストン(Liston, Essex);おそらくLisaやLeofsigeのような形態の個人名・愛称が含まれており、それに人々を意味する『ing』や農場・集落を表す『tun』が加わっていると考えられている。「Lissaの人々の住む土地(the settlement of Lissa's people)」というような意味。【Lissingun(c995, BCS, 1289), Listuna(DB), Liston(1176), Leston(1219)】
リトル・ブラックステッド(Little Braxted, Essed);ブラックステッド(Braxted)とグレート・ブラックステッド(Great Braxted)に隣接する。古くは『Brachestedam』として記録されている。古英語の『Bracu』と『stede』が融合したもの。意味は「Place where fern or bracken grows(シダやワラビが生える場所)」。*
リトル・ホークスリィ(Little Horkesley, Essex);グレート・ホークスリィとリトル・ホークスリィを合わせて『ホークスリィ・ヒース(Horkesley Heath)』としても知られている。古英語の『Horkaslay』に由来し、「家畜(主に羊)のための農地」を意味する。また、それ以前は、ホークスリィ一帯は湿地帯だった。その為、メインロードは今でも低湿地に土を盛り上げた土手道などを意味するコーズウェイ(The Causeway)と呼ばれている。【Horchesleia(c1130), Horkesle(1212)】等とも記録されている。
ロンドン(London, the capital city of England);ローマ時代には『Londinium(ロンディニアム)』という記録が残されている。様々な説があるものの、ロンドンの語源は明らかになっていない。古い記録には【Londinion(c150), Lundenbyrig(457), Lundonia(c730), Lundenne(839), Lundenceaster(c890), Lundres(c1175), London(1298)】等と記されている。
ロングハム(Longham, Essex);【Laingaham(DB)】。古英語で「Lawaという人の居住地(Lawa+Ham)」を意味すると考えられてはいるが、エセックスではLawaという人物に関する記録がない。
ロング・メルフォード(Long Melford, Suffolk);もともと3マイルの長い道路沿いに集中している村のレイアウトとスタウァ川支流を渡るミルフォード(Mill Ford)に由来。古英語で『ミル・フォード(Mill Ford)』は「Mylen-ford」。【Melaforda(DB), Meleforde(c1095)】のスペリングが記録されている。
ロゥエストフト(Lowestoft, Suffolk);古スカンジナビア語に由来。「Hlothverという名の人の居住地(Homestead of a man called Hlothver)」の意味。古くは【Lothy Wistoft, Lothewistoft(1212), Lowistoft(1219)】というスペリングでも記されている。
ラドロウ(Ludlow, Shropshire);1138年以前は『Lodelowe(ウェールズ語でWlwydlo)』と呼ばれており、古英語『Hlud-hlaw』に由来する。『Hlud』は「騒々しい水(the loud waters)」、『hlaw』は「丘(Hill)」を意味した。つまり、ラドロウは騒々しい川の側にある丘に位置することを意味する。
メードストーン(Maidstone, Kent);リーズ城がある町。『maeides stana』あるいは『maegdan stane』という言葉に由来し、「乙女たちの石(Maidens’ Stone)」あるいは「人々の石(stone of the people)」を意味する。洗濯物を河岸から離れた清らかな水でゆすぐために、川に置かれた飛び石を表していると言われている。
モルドン(Maldon, Essex);古代の歴史を記した「アングロサクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)」に『Maeldun』という名で記されている。『Meal』は「記念碑や十字架(monument or cross)」、『Dun』は「丘(hill)」を意味することから、「丘の上の十字架」というような意味。現在のセント・ピーター教会は13世紀の建物であり、名前は教会建設以前から使用されているため、もともとキリスト教を崇拝した場所に教会が建てられたのではないかと考えられる。
マニングトゥリー(Manningtree, Essex);『Manningtree』は「たくさんの木(Many trees)」に由来すると考えられている。「-try」で終わる地名は、木が何らかに関係していることが多い。他に『Mann』、『Manni』という人の所有地という説もある。
マークス・テイ(Marks Tey, Great Tey, Little Tey, Essex);デ・マンデヴィル(De Mandeville)一族は、ノルマン征服でウィリアムⅠ世に仕える代わりに、土地とその他39の支配権が与えられた。ジェフリー・デ・マンデヴィルは、デ・メルク(De Merk)一族に1騎士の保有料金として土地を与えた。マークス・テイの名前はその一族の名に由来する。『Tey』はサクソン語で「囲い(enclosure)」を意味する。近くにはグレート・テイ(Great Tey)とリトル・テイ(Little Tey)もあり、それらは単純に広大な囲いと小さな囲いを意味する。
マリルボーン(Marylebone, inner-city area of central London);聖母マリアに捧げられた教会に由来。もともとの教会は『Tybourne』あるいは『Tyburn』と呼ばれた小川、(または英方言で小川を意味する『Bourne』)の岸辺に建っていた。もっと北部から流れる小川で、現在のメリルボーン・レーンのカーブした形状は小川の名残。教会と周辺地区は後に、「ボーンにある聖マリア(St Mary at the Bourne)」として知られるようになり、時間をかけて現在の『Marylebone』という短縮した名前になった。
メルトン(Melton, Suffolk);古英語で『ml+tūn』に由来し、おそらく「十字架のある農場(farmstead with a crucifix)」という意味。【Meltune(c1050), Meltuna(1086)】。
メッスィング(Messing, Essex);おそらくローマ軍対ブディカの戦いで「踏み荒らされた土地(the field of trampling)」を意味する。【Metcinges(DB), Mecinges(1166), Medsinges(1199)】とも記されている。
ミストレイ(Mistley, Essex);サクソン語でハーブのバジルを指す『mircel』と牧草地を意味する『ley』が結合した言葉という説と、「やどりぎの森(Mistltoe Wood)」、「ヤドリギ(mistletoe)」の古英語『mistel』という説がある。
ムンドン(Mundon, Essex);【Mundunā(1086, DB), Mundonia(1166), Mundun(1212)】等とも記されている。丘、高台、盛り上がりなどを表す単語『Mount』に由来か。
ネイランド(Nayland, Suffolk);古英語の『ēaland』に由来し、「島(island)、河川内の陸地(river land)」を意味する。近くを流れるスタゥア川(The River Stour)が流れている。
ニア・ソーリー(Near Sawrey, Cumbria);近くにファー・ソーリー(Far Sawrey)もある。14世紀頃は「Sourer」として知られており、17世紀に「Narr Sawrey」と変化した。古スカンジナビア語(Old Scandinavian; the language of the Vikings, comprising Old Danish and Old Norse)で「不快な・ぬかるんだ土地(The sour or muddy grounds)」を意味する『Saurar』に由来。*
ニーダム・マーケット(Needham Market, Suffolk);DBには記載されていない。13世紀にはニーダムという地名だったが、1245年に市場特権(Market Charter)を与えられニーダム・マーケットとなった。ニーダムとは古英語の「Need+ham」に由来し、「貧しい町」を意味する。【Neidham(1331), Nedeham Markett(1511)】
ノリッチ(Norwich, Norfolk);『-wich』は『-wick』の変形。語尾が『-wick』で終わる文字はもともと「住居(Dwelling)」を意味したが、村から町、市場から港までさまざまな意味へと発展した。ノリッチはかつて、今よりも海に近く、主要な河港の町だった。そのため、『-wich』は「交易の中心地あるいは陸揚地(Trading centre or landing place)」という意味と考えられている。また、『Nor』はイプスウィッチの北に位置することを指す。
ノッティンガム(Nottingham, Nottinghamshire);アングロサクソン時代(BC600頃)、この土地はマーシア王国(the Kingdom of Mercia)の一部で、ブリソン語(Brythonic language)で「石窟の場所(Place of Caves)」を意味する『Tigguo Cobauc』として知られていた。その後Snotという名のサクソン族の支配下になると「Snotの人々の居住地(the homestead of Snot's people)」を意味する『Snotingaham』となった。『Inga』は「 ~の人々(the people of)」、『Ham』は「居住地(homestead)」の意味。
ノッティング・ヒル*(Notting Hill, Area in London);詳細は不明。『Knotting-Bernes、Knutting-Barnes、Nutting-barns』などと呼ばれたケンジントンの荘園の名前に由来するという説がある。「ノット(Nott)」は、サクソン人の個人名『Cnotta』から派生したもので、「イング(ing)」は「グループあるいは定住者(a group or settlement of people)」を意味するのサクソン語に由来するのではないかと考えられている。
オーカム(Oakham, Rutland);一般的に『oak-』あるいは『oke-』で始まる地名は「カシの木(Oak tree)」に関連があるが、オーカムは例外で「Occaという名の人の居住地」を意味する。
オークレイ, リトル(Little Oakley, Essex);古英語の『ac-leah』に由来し、「オークの森・林(oak wood, glade where oaks grew)」を意味する。【Accleia(DB)等】。
ペブマーシュ(Pebmarsh, Essex);「ピュバ(Pybba)の土地(?)・牧草地」を意味する。【Pebeners(DB, 1238), Pebmarsherse(1202), Pebmarshe(1296)】
パーショア(Pershore, Worcestershire);古い方言の言葉で「柳(osier)」を意味する『Persh』と「河岸(river bank)」を意味する『-ora』に由来し、「柳のある河岸」を意味する。近くにエイボン川(River Avon)が流れる。【Perscoran(972), Persceoran(c1035), Pershore(DB)】。
オックスフォード(Oxford, Oxfordshire);最初に人がオックスフォードに定住したのはサクソン時代で、「牛の浅瀬(Ford of the Oxen)」を意味する『Oxenaforda』として知られていた。牛を横断させるために使用した浅瀬を示している。当時、橋よりも(徒歩で渡れる)浅瀬は一般的だった。
パートン(Perton, Shropshire);かつてその地域で栽培された梨に由来。「ペア(Pear)+町(Town)」。
ピカデリー*(Piccadilly, Street in London);17世紀まで、この通りはポルトガル・ストリート(Portugal Street)として知られていた。これはチャールズ2世の王妃がポルトガル王室出身ということにちなんで名付けられたもの。ピカデリーという名は16世紀後半~17世紀初頭にかけてストランドにショップを構えていた仕立屋、ロバート・ベイカー(Robert Baker)に起因すると考えられている。彼は当時流行だった襟を仕立て、販売することで莫大な富を得た人物。その襟とはエリザベス一世のポートレートにあるような、幅の広いレースを使用し、ホタテガイの縁のようにカーブした固い襟で、様々な種類の襟を総称してピカディル(Piccadills〔Picadils, Pickadils〕)と呼ばれていた。その富でロンドン西の土地を購入、1612年頃に豪邸を建て、ピカデリーホールとして知られるようになった。
ピンミル(Pin Mill, Suffolk);ピンミルは通常、ピン工場か皮革製造に使用される突起したピンを備えた車輪のことを意味するが、この土地でそのような記録はなく由来は不明。1086年のDBには記録されていない。何十年も前、近くに木製ボートの製造に使用される木製ピンを作った工場があった、あるいは父親が娘にピンマネー(小遣い)として与えた土地という説もあるが、いずれも証拠はない。オーウェル川(River Orwell)沿いに位置するピンミルはかつて船積み貨物の着陸地点であり、テムズ川で使用された帆船の修理の中心でもあった。川のほとりのバット&オイスター(But and Oyster; 1456)と呼ばれるパブが有名。
プレッシー(Pleshey, Essex);おそらくジメジメしたヘッジに囲まれた「囲い込み(Enclosure), 広場、エリア(Park), 森林(Forest)」を意味する古フランス語の『Plaisseis』か『Plaissiet』に由来。【Plaisseiz(castle) (1143)】。
ポルステッド(Polstead, Suffolk);サフォークの小さな村だが1827年に殺人事件(The Red Barn Murder)があったことでも知られている。「池のそばにある居住地(Place by a pool)」を意味し、村には大きな池が2つ存在する。【Polstede, Polstyde, Polestede(c995), Polesteda(DB)】。
プリトルウェル(Prittlewell; Essex);村には主要な小修道院(Priory)があり、そのそばを流れる「せせらぎの小川(Babbling brook)」を意味すると考えられている。【Pritteuuella(DB), Pritelewell(1166), Prittlewella(1194)】との記録もある。
プディング・レーン*(Pudding Lane, Street in London);ロンドン大火の原因となったパン屋のあった通りで有名。「プディング」とはデザートやメインなど幅広い料理の総称として使われている言葉だが、もともとはソーセージに似た食べ物だった。古英語の『puduc』に由来し、腸や内臓を意味する言葉だった。プディング・レーンという名は、近くのイーストチープ(Eastcheap)という通りにある肉屋から、この通りを通り、テムズ川のゴミ運搬船へ内臓等を運ぶ際にカートから落ちたことから名付けられた。もともとの名称は『Offal Pudding Lane』。「Offal」も動物の内臓、廃物等を意味する。
ラムジー(Ramsey, Essex);古英語の『Hramsa (ramson, wild garlic)』に由来し、「ニンニク/野生玉ねぎ」を意味する。「野生玉ねぎの生える孤立した丘・森林地(Wild garlic island)」を意味する。【Rameseia(DB), Rammesye(1224)等】。
レイン(Rayne, Essex);
レディング(Reading, Berkshire);古英語のReadingasに由来し、アングロサクソンの部族、「Readaの人々」を意味すると考えられている。【Readingum(871), Reddinges(DB)】。
リヴェンホール(Rivenhall, Essex);小さな村だがローマ人が造った道(Roman Road)上にあり、その時代には小さな居住地が存在した。おそらく「でこぼこした、岩だらけの隠れた場所(rough or rugged nook of land)」の意味と考えられている。古英語『hrēof (変形 -an) +halh』。ドゥームズディ・ブック(DB)では、【Reuenhala(1068), Ruenhale(1086)】とも記されている。
ロチェスター(Rochester, Kent);一般的に語尾が『chester』で終わるものは「キャンプ(Camp)や居住地(Settlement)」を意味するラテン語の『Castra』に由来するため、ローマ人が住み着いた場所であることを意味する。ローマ人が『Durobrivae』と呼んだことから、「橋(bridge、bridges)のそばの要塞(stronghold)/とりで(fort)」を意味する古ケルト語に由来するという説があるが、実際に要塞が存在したとする考古学的証拠はない。『Durobrivae』は『Durobrovum、Durobrivis(730年頃;ロブリビス(Robrivis)と発音)、Dorobrevis(844年頃)』とも記録されていたことから、いずれも「流れの速い川(swift stream)」という意味の古代ブリソン語名『Dourbruf』をラテン語化したものという説もある。また、聖職者ベーダが730年頃、町の名前を書き留めた際、誤って『Hrofi's fortified camp(Hrofiの要塞化されたキャンプ地)』(古英語でHrofes cæster)という意味と取り違えたという説もある。HrofaesceastreのHrはノルマン人が発音することができなかったことからRovecestre, 1610年にはRochesterと変化した。それまで【Hrofæscæstre(c730), Hrofescester(811), Rovescester(1086), Rochester(1610)】と記されている。
ロッチフォード(Rochford, Essex);古英語で「狩猟犬の浅瀬」を意味する。近くをローチ川(The River Roach)が流れているが、地名は川に由来するのではなく逆成で、後に川の名前が変更されている。【Roche(s)fort(DB), Rocheford(1195), Rochesford(1197), Racheford(1200)】
ラトランド*(Rutland);名前の由来は不明。『Roteland, Ritelanede』というスペリングで記録が残っている。地元の広大な土地を所有していたRotaという地主の名前から「ロタの土地(Rota's land)」に由来するなど、複数説あるが、いずれも証拠不十分。
サックスマンダム(Saxmundham, Suffolk);『Saxmundham』はアングロ・サクソン語の『Seizmond's Home』に由来すると考えられている。意味は「Seizmond一族の家がある場所」。また、『Seismund's-ham』を名前が記録されていないサクソンの従士、あるいは権力者の住む場所とする説もあるがいずれも定かではない。(イギリスには地名に-hamがつく場所が多く存在し、家や故郷などを指すと言われている。)
シェンフィールド(Shenfield, Essex);アングロサクソン語の『Chenefield』に由来する。「よい土地(Good lands)」という意味である。
シェパーズ・ブッシュ*(Shepards Bush, West London);『羊飼いたちの茂み』という意味だが由来ははっきりしていない。おそらくロンドンの市場へ向かう際、羊などの群れを休憩させた共有の緑地帯に由来するのではないかと言われている。また、シェパーズは人名に由来するのではないかという説もある。
シェリンガム、アッパー・シェリンガム(Sheringham, Upper Sheringham, Norfolk);スカンジナビア語に由来し、Scira の人々の家(The ham of Scira's people)を意味する。Scira は戦いの功績に対する報酬として土地を与えられたバイキングのリーダーだったと考えられている。また、南西に位置する小さな村はシェリンガムの町より小高い場所に位置するため、アッパー・シェリンガムと呼ばれ、地元ではアッパー・タウンとしても知られている。
シルバー・エンド(Silver End, Essex);1920年代、ガラス工場(Crittall Windows Ltd)で働く従業員の住居地として発展した村。名前の由来は明らかにされていないが、比較的新しく、最近になって、19世紀半ばにこの地域に住んでいたSiveleyという名の家族に由来しているのではないかと考えられている。かつて、この小さな集落にサイヴリー(Sivelery)という名の家族が住み始めた。ウィリアム・サイヴリー/シブリー(Willam Siveley/Sibley)はエリザベス・グリーン(Elizabeth Green)と1743年に結婚、6人の子供をもうけ、1760年代に死亡している。1881年頃、子孫と思われるジェームズ・シブリー(James Sibley)とその大家族が近くに住んでいた。彼は一般的なディーラー(主に家禽や乳製品)兼豚肉屋で、腐った肉を販売し、1878年に2ヶ月間投獄されている。それが「サイブリー/シブリーの終わり(Sivelery or Sibley's End)」を意味したことから、シルバー・エンドとなったのではないかという説である。
ソーホー*(Soho, part of the West End of London);1536年までは放牧農場だった。かつて狩で鳥獣などを狩り出すために発っした声に由来すると考えられている。また、1685年にはセッジムーアの戦いで部下を招集する際の掛け声に『Soho』を使ったとされる。古いものでは納税者リストに『Soho(1636)』の名が残されている。
ソリハル(Solihull, West Midlands);ソリハルにあるセント・アルフェッジ教区教会。雨が降るとひどくぬかるむ赤い泥灰土の丘に建てられたことから、「ソイリーヒル(Soily Hill;汚い丘)」から「ソリハル(Solihull)」となった。
サウスエンド・オン・シー(Southend-on-sea, Essex);世界一長い桟橋(Pier; 1830)があるリゾート地。もともとは南部の端に位置するプリトルウェル(Prittlewell)の一部だった。(プリトルウェル参照)
スピタルフィールズ*(Spitalfields, in the East End of London);古くはローマ人の墓地があった場所。17世紀後半までは主に野原(fields)だった。1197年に建てられたSt Mary's Spital (Hospital)所有の土地だったことから、この名前に由来すると考えられる。 他に【Spittellond(1399), Spyttlefeildes(1561)】として記録に残されている。
ストック(Stock, Essex);由来は未だ明らかになっていない。「木(wood)」を意味するサクソン語の『stocce』に由来するという説や、Stokeの付く他の地名(Stoke d'Abernon, Stoke Poges, Stoke upon-Trent 等)と同じ意味を持つのではないかという説などもある。
ストック=バイ=ネイランド(Stock-by-Nayland, Suffolk);ネイランド参照。古英語で『Stoc』は「神聖な場所(holy place)」を意味する。ストック=バイ=ネイランドはネイランドよりも高台に位置し、かつてアングロ・サクソン修道院が存在した。また、古英語『atten Eilande(at the island)』が『atte Neilande』に変化したと考えられている。
ストゥマーケット(Stowmarket, Suffolk);ストゥマーケットの『Stow』は、単に「集合、開催の場所(a meeting place)」を意味する。もともとこの町は『Thorney(ソーニー)』あるいは『thorny island』などと呼ばれていたが、13世紀、この辺で最も主要な交易の場所となり名前が変化した。『マーケット』は、マーケットのある町だったので、後に付け加えられた。
ストラッドフォード*(Stradford, East London);ロンドンオリンピック(2012)のスタジアムがある場所。「ローマの道にある浅瀬(Ford on a Roman road)」を意味する。【Strætforda】として最初に名前が記録されたのは1067年。古英語「stræt」と「ford」が融合したもの。ロンドンからコルチェスターへの道がリー川(River Lea)の支川と交差する場所を指す。
ストラッドフォード・アポン・エイボン(Stratford-Upon-Avon, Warwickshire);ストラットフォードはアングロサクソン語に由来。「通り(Street)」を意味する『strǣt』と『Ford(浅瀬)』が融合したもの。『Ford』は「町に流れるエイボン川(River Avon)の浅瀬を渡るローマの道(Roman road)」を意味している。
スタットン(Stutton, Suffolk);最初の『Stut』はおそらく、古英語で「ぶよ」を意味する『Stut』あるいは、「若い雄牛」を意味する古ノルド語の『Stutr』か古スウェーデン語の『Stuter』、あるいは古英語で「丘」を意味する『stut』に由来する。【Stottuna, Stuttuna(DB), Stutton(1220), Stuttone(1254)】。
サドベリー(Sudbury, Suffolk);古代の歴史を記した「アングロサクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)」に『Suthberie』 と記されている。「サウス・ブラ(South-borough)、南の行政区」という意味。サドベリーの北部に位置するノーリッジやベリー・セント・エドマウンズとの行政区を識別するために使用されたと考えられている。
サットン・フー*(Sutton Hoo, Suffolk);古英語「suþ(South;南)+tun(Town)」に由来。『Hoo』はサクソン語で高い丘、絶壁の丘などを意味する。
ターリング(Terling, Essex);古英語で『Tyrhtlingas』、「Tyrhtelの人々(Tyrhtel's people)」を意味する。【Terlinges(c1050), Terlingas(DB), Tertlinces(1086), Terdinge(1237), Tyrlinge(1338)】。
ティップトゥリー(Tiptree, Essex);おそらく「ティッパという名の人物の所有する木(Tree of a man called Tippa)」という意味。人物名と古英語『Treow』が融合したもの。12世紀には【Tipentrie】として記されている。
トットハム(Totham, Essex);グレート・トットハムとリトル・トットハムがある。グレート・トットハムはビーコン・ヒル近くの丘の斜面に位置し、「見張りの丘(Look-out Hill)」を意味する。【Totham(c950), Tot(e)ham(DB)】。
トリムリィ(Trimley St. Mary & St. Martin, Suffolk);歴史上、ある家族の確執から二つの教会(セント・マリーとセント・マーティン)が隣同士に建ち並ぶ村。このエリアは昔、様々な北欧系民族の侵入、侵略、定住が繰り返された地域で、通常は最初に族長やリーダーの名前が付けられた。名前は何世紀にもわたり、最初の名前が認識できないほど変化する場合があり、トリムリィの場合も【Tremeleaia, Tremlega, Tremlye, Tremele, Tremeleye, Tremleye, Tremley】など様々な綴りが残されている。もともとは「Trymmaという人の森林にある空間(Trymma's woodland clearing)」のような意味だったと考えられている。
ウルティング(Ulting; Essex);近くを流れる川チェルマー(Chelmer)は、かつてUltという名前だったと考えられていることから、川の上に住む人々(The people on the river)」を意味するとされている。【Ultinga(DB), Hultinges(1166)】。
ウォルトン・オン・ダ・ネイズ(Walton-on-the Naze, Essex);ネイズはアングロサクソン語『naes』に由来し、「岬(ness, promontory, headland)」を意味し、町の北部地域を指している。ウォルトンはアングロサクソン語の「weala tun」、「ブリトン人の農場(farms of Britons)」を意味する。肥沃な土地は植物の栽培に適していたが、海岸侵食により土地は失われた。
ウォリック(Warwick, Warwickshire);ウォリックは古英語で「堰の側に住む人々の家、居住地(dwellings by weir)」を意味する。古くは『Wǣrincgwican, Wǣrincwic, Wǣrincwicum』などのスペリングでも記録が残されている。ウォリックの場合「wic」は建物を含む土地・敷地を意味する。
ウォーター・ルー*(Waterloo, a district of Central London);このエリアはかつてランべス(Lambeth)というパリッシュ(教会区)の一部で、北部に位置していた。ランべスは1062年に「Lambehitha」として記録されており、「出荷のために羊が陸揚げされた場所」を意味した古英語の「Lamb+Hythe」に由来する。しかし、現在のウォータールーの場所はかつては湿地帯で、ランべス・マーシュ(Lambeth Marshe)として知られていた。18世紀になって開拓され、ローワー・マーシュ(Lower Marsh)という通りの名前が残された。1817年に最初の橋が架けられ、1815年のワーテルローの戦い(The Battle of Waterloo)を記念してウォータールーブリッジと名付けらた。ウォータールーはワーテルローの英語読み。1848年には鉄道駅が開設されてから、駅周辺とローワー・マーシュはウォータールーとして知られるようになった。
ウェスト・バーグホルト(West Bergholt, Essex);古英語の『Beorg-holt(丘の側にある雑木林)』に由来すると考えられている。【Bercolt(DB), Bercholt(1273)】
ホワイト・ノットリー(White Notley, Essex);隣村のブラック・ノットリーと併せて、かつてはノットリーと呼ばれていた。地名は古英語の『knut』 と『ley』に由来すると考えられている。意味は「木の実の草地(nut pasture)」で、Hnutlea(998), Nutlee(1200), DBにも『Nutle』として記されている。ノルマン・コンクエストの後、エセックス伯ジェフリー・デ・マンデヴィール(Geoffrey de Mandeville)とノーフォーク伯のロジャー・ビゴッド(Roger Bigod)の土地となると、彼らは2つの教会を建て、村はホワイト・ノットリーとブラック・ノットリーに分けられるようになった。なぜブラックとホワイトなのかは説明が見つけられず。
ウィッカム・ビショップス(Wickham Bishops, Essex);DBに『Wicham(1086)』と記されている。『Wicham』は「酪農家の住居」を意味する。『Biships』は、そこがロンドン大主教(the Bishop of London)所有の土地であったという事実に基づいている。
ウィリンゲール(Willingale, Essex);小さな村。かつては『Willingale Doe & Willingale Spain』という2つのパリッシュに分かれていた。『Willingale』は古英語の『Willingala』に由来。恐らくname+inga+halh。「ウィラの人々の谷の住人(the dweller at the dale of Willa’s people)」を意味すると考えられている。後ろの『Doe』と『Spain』はいずれも人の名前に由来。1066年のノルマン・コンクエストをきっかけに、おそらくセーヌ=アンフェリユール県ウー (Eu, Seine-Inferieure)からイングランドにやって来た家族「Hugh de Ou」と「Hervey de Spain」の名前に由来する。【Willinghehala(DB), Willingeshale Doe(1270), Wylinghehale Spayne(1269)】。
ウィンダミア(Windermere, Cumbria);ウィンダミアという言葉は古ノルド語の『Onundar Myrr』に由来。湖を意味する古英語の『Mere』から、「Vinandrという名の人物が所有する湖」という意味。19世紀までは『Winander Mere』あるいは『Winandermere』として知られていた。
ウィンザー(Windsor, Berkshire);古英語で「windlass(巻き上げ機)」を意味する『windels』と「shore, Bank(岸、土手)」を意味する『ora』に由来する。「巻き上げ機のある土手(bank with a windlass)」という意味。 水からボートを引き上げるというより、テムズ川のふちのぬかるんだ土手を、荷車を引き上げるのに使用した装置と考えられている。
ウィシントン(Wissington, Suffolk);ウィストン(Wiston)とも呼ばれる。女性の名前(Wigswiþ)+Tonから成る。「Wigswiþという女性の土地・集落」を意味すると考えられている。。【Wiswyþetun(c995), Wisinton(1242)等】。
ウィタム(Witham, Essex)DBには『Widme』と記されており、アングロサクソン語の地名は『Ham』で終わることが多い。ウィタムは『Widme』と『Ham』が結合したものと考えられている。アングロ・サクソン語で「Homestead near a riverbend(河川の湾曲部に近い家屋)」という意味。
ウィヴェンホー(Wivenhoe, Essex); 「WifaあるいはWifeという名の人の突き出た土地、岬」を意味する。古くは【Wiunhov(DB), Wiuueho, Wyvenho(1246)】等と記録されている。
ウォルヴァーハンプトン(Wolverhampton, West Midlands);985年に町を築いたLady Wulfrunの名前からきていると考えられている。アングロ・サクソン語の『Wulfrūnehēantūn』に由来するもので、「Wulfrūnの高い場所にある、あるいは重要な囲いで囲われた農場(Wulfrūn's high or principal enclosure or farm)」を意味する。
ウォンボーン(Wombourne, Staffordshire);Wombourneは二つの古英語で構成された名前で、「曲がりくねった小川(Winding Stream)」を意味する。
ウッドブリッジ(Woodbridge, Suffolk);古英語『Wudu+Brycg』に由来すると考えられている。「木造の橋(Wooden Bridge)」あるいは「森の近くの橋(Bridge near the wood)」を意味する。古くは【Oddebruge、Woudebrige】などと記録されている。
ウールヴァーストン(Woolverstone, Suffolk)「Wulfhereという人々の土地」を意味すると考えられている。【Uluerestuna, Hulferestuna(DB), Wolferston(1196)】
ウスター(Worcester, Worcestershire);サクソン人は「Weogorans族の砦; Weogorans(ローマ軍の要塞; Ceaster)」と呼んだ。Weogoransが誰かは不明だが、その名は恐らくケルト時代に遡り、Wyre Forestと同じ言語とされている。【Wigorna Ceastre(AD779), Wigraceaster (AD904), Wirecestre(DB)】。
ウォーミングフォード(Wormingford, Essex);「Wiþermund、Wiþergyld(古英語)という人のフォード」を意味すると考えられている。【Widemondefort(DB), Wiðermundeford(1186), Wydremundeford(1198)】
ラブネス(Wrabness, Essex);スタウァ川(River Stour)沿いの小さな村。「Wrabbaという名の人の岬(Wrabba's headland)」を意味すると考えられている。【Wrabenasa(DB), Wrabbenase(1274)】等。
ロクセター(Wroxeter, Shropshire);ヴィロコニアムのローマ砦(The Roman fort of Viroconium)を意味する。古来の地名(おそらくViricoの町)+古英語(Ceaster)。元々の地名の語源は不明。【Ouirokonion(c150), Uiroconion/ Viroconium(4), Rochecestre(DB), Wroxcestre(1155), Wroccestre(c.1175)】 。
ヨーク(York, North Yorkshire);ローマ時代、『Eboracum(エボラクム)』という名前だった。「Eburosという名の人の土地(Estate of a man called Eburos)」という説と、「イチイ(Eburos)の木のある土地(Yew-tree estate)」という説がある。400年後、アングロ・サクソンの支配下になると町の名前は「イノシシの町(wild-boar town)」を意味する『Eoforwic』となった。『Eofor-』はものと名前から変形したものだが、ケルト語のでイチイの木を意味する『Ebor』と、彼らの言葉でイノシシを意味する『Eofor』で混同させたと考えられている。『-wic』は「村(Village)」を意味する。後にヴァイキングの支配下になると、『Jórvík(ヨルヴィーク)』と呼んだ。その後【Yerk, Yourke, Yarke】等。Yorkのスペリングが最初に用いられたのは13世紀。

*追記
  • ドゥームズディ・ブック(Domesday Book;DB)とは1085年に世界で初めて作られた土地台帳のこと。土地、家畜、財産など詳細に記されている。ちなみにドゥームズデイ(Doomsday)とは、キリスト教の「最後の審判」のこと。人類の罪に対する神の審判で、行いを明らかにして全ての人類が裁かれたことから、その言葉になぞらえて、12世紀頃よりドゥームズデイ・ブックと呼ぶようになった。『dome』は屋根(家)を意味するためスペリングは異なる。
  • イギリスの地名によく使われているフォード(Ford)。浅瀬を意味する場合が多く、今でも、下の写真のような浅い川に突っ込んでいくような道路が存在し、フォードと呼ばれている。ご参考まで。
  • 同地域にあって、ローワー、アッパー(lower/nether and upper/higher)あるいはリトル、グレイト(little and great)等で分けられた地名は、集落間での区別をするために付けられたものが多い。 (Ex.; Little Baddow とGreat Baddow)
ウェールズ(Wales);
ウェールズとは、ゲルマン語『単数Walh、複数Walha』から派生し、英語の『Wales、Welsh』となった。この言葉自体は、『Volcae』としてローマ人に知られていたケルト族の名に由来するもので、全てのケルト人を指して使用されるようになった。

カーディフ(Cardiff);ウェールズ語の「カーディフ(Caerdydd)」は古ウェールズ語の『Caerdyf』から派生したもの。『Caer』は「Fort/castle(砦、要塞/城)」を意味し、ローマ人により築かれた砦を指している。『-dyf』はおそらく『Tif』が訛りによって変化したもので、町を流れる「タフ川(Taff)」を指し、タフ川のほとりにある砦」という意味と考えられている。また、ローマ人統治者アウルス・ディディウス・ガルス(Aulus Didius Gallus)の時代に砦が築かれていることから、「ディディウスの砦(The Fort of Didius)」を意味する『Caer Didius』に由来するという説もある。
グレート・オーム*(Great Orme);北ウェールズに位置する石灰石質の丘。『オームの家族、一族(Orme's family or clan) 』を意味する古ノルド語(Old Norse)の『Orms ætt』に由来するという説がある。また、古ノルド語でドラゴンや海の怪物を意味する『Horma Hava』に由来するという説もある。遠くから見ると、海から出てきた怪物のように見えるため。
ランディッドノゥ(Llandudno);『セント・トドゥノゥ教会(Church of St.Tudno)』を意味する。「church to the saint」を意味する『Llan』と、『St. Tudno (or Dudno)』に由来。
スコットランド;
スコットランドとは、ラテン語で「ゲール人」を指した『Scoti』に由来。『Scoti』そのものの由来は不明。後期ラテン語の『Scotia(ゲール人の土地)』は、当初アイルランドを指していた。11世紀頃にはゲール語を話すフォース川北部のスコットランドを指すようになった。スコッツ(Scots)あるいはスコットランド(Scotland) という呼び名が一般的になったのは中世後期になってから。

アバディーン(Aberdeen);
アバディーンはドン川(Don)とディー川(Dee)の合流点に広がる町。現在オールド・アバディーンとして知られている場所が最初の居住地で、地名は立地環境「at the mouth of the Don(ドン川の河口)」に由来。『Aber-』はブリソン語で「河口(river mouth)や合流点(the confluence of)」を意味する。また、『Deen』はドン川とディー川の両方あるいはどちらかの語源となったブリソン語の『Devona』に由来していると考えられている。
アラン島(Arran or the Isle of Arran);スコットランドの島々は、鉄器時代以降、少なくとも4つの言語を話す人々により占有されてきたため、名前の由来に関してはさまざまな可能性が存在する。アラン島もそのひとつ。アラン島はクライド湾岸(Firth of Clyde)に囲まれるかたちで立地し、周辺より高いことから、「高台(High Place)」を意味するブリソン語がアラン島の地形に一致していると考えられている。しかし、現在、アラン島に残る地名はヴァイキングに由来するものが多い。
エア(Ayr);1177年にはArとして記録に残っている。「エア川の河口(Mouth of the river Ayr)」の意味。正式には「インヴァレリ(Inverary)」として知られているが、ゲール語で「河口(Inbhir)を意味する頭の部分を省いたもの。
ブロディック(Brodick);スコットランド・ゲール語で『Breadhaig』あるいは『Tràigh a' Chaisteil(Castle Beach)』を意味する。アラン島の中心居住地。古ノルド語で「広い入り江(Broad Bay)」を意味する言葉が語源。
クラスィ(Crathie, Aberdeenshire);ゲール語の『Crag』と『tir/thir』が融合した言葉で、「岩石の多い/石だらけの土地」を意味する。
ドライバラ(Dryburgh);古英語の『drȳge+burh』に由来し、「乾いた砦(dry fort, dry fortress)」を意味する。地名の「dry」は一般的に小川(stream)に関係する。おそらく、特定の季節に起こる洪水を逃れた川岸の高台に砦が建っていたことに由来すると考えられている。古くは『Drieburh(c.1160)』などのスペリングで記録されている。
エディンバラ(Edinburgh);エディンバラはブリソン語の地名『Eidyn』に由来。そのものの意味は不明。また、この「Eidyn」が現在のエディンバラに位置したという説と広範囲を指すという説があり、定かではない。
フォート・ウィリアム(Fort William);イングランド内戦中、オリバー・クロムウェル(Oliver Cromwell)による侵攻後の人口を制御するため建設された砦(Fort)に隣接する居住地として成長した町。砦はオレンジ公ウィリアム(William of Orange)にちなんで「フォート・ウィリアム(Fort William)」と名付けられ、町は彼の妻の名にちなんで「メアリーブラ(Maryburgh)」と呼ばれた。その後、町は「ゴードンズブラ(Gordonsburgh)」、「ダンカンズブラ(Duncansburgh)」などと改名されたが、最終的に「フォート・ウィリアム(Fort William)」となった。
グレンコー(Glencoe);ゲール語の『Gleann』。「Valley of the River Coe(コー川の流れる谷)を意味するが、川そのものの名前の意味は不明。
インヴァネス(Inverness);ゲール語の『Inbhir Nis』。「ネス川の河口(Mouth of the River Ness)」を意味する
ジェドバラ(Jedburgh);800年代には『Gedwearde』という名で記録されている。「ジェド川に囲まれた居住地(the enclosed settlement by the River Jed )」を意味する。16世紀半ばまで「Jedworth」という文字が使われている。河川の名前とWorthを融合させたものだが、中英語で「町(Town)」を意味する『Burgh』に置き換えられた。
ケルソー(Kelso);ケルソーは、ケルソー修道院(Kelso Abbey)が1128年に建設されたことにより生まれた町。町の名前は最古の定住地が白亜の露出した場所に建っていたことから、『Calkou(あるいはCalchfynydd)』として知られていたことに由来する。
リンリスゴー(Linlithgow);地名の由来は不明。町はリンリスゴー宮殿を中心に発展した。さまざまなスペリングが記録されているが「loch in a damp hollow」という意味という説がある。「llyn(loch) 湖」、「laith(damp) じめじめした」、「cau(a hollow) くぼみ」。
メルローズ(Melrose);町の名前はケルト語の『Mail-rhos』に由来し、「刈られた牧草地(cropped meadow)」を意味する。ツイード川の湾曲したところにあった本来の修道院の場所を示したもの。アングロサクソン年代記(Anglo-Saxon Chronicle)では、メルローズ元修道院を『Magilros』と記録している。中世時代、修道院が現在の位置に再建された時、「石工用ハンマー(Mason’s hammer)」を意味する『Mell』と、聖母マリアを象徴する「バラ(Rose)」の語呂合わせで表現された。
ピトロッホリー(Pitlochry);ピクト語の『Pett』とゲール語の『Cloichreach』が融合したもの。「Portion of the stones(石の一部)」の意味する。町を流れるタメル川(River Tummel)をまたいだ(飛び越えた)石を表していると考えられている。
セント・アンドリューズ(St.Andrews);古くは『Muckross』という名で記録されている。これはスコットランド・ゲール語(Scottish Gaelic)の『Mucrois』で「Boar’s head/peninsula(いのししの頭/半島)」を意味した。西暦370年頃、名前は『Cennrígmonaid』に変化した。これは、古アイルランド語(Old Irish/Old Gaelic)の3つの言葉で構成されている。『cenn』は「head, peninsula(先端、半島)」、『ríg』は「king(王)」、『monaid』は「moor(原野)」である。これが『Cell Rígmonaid』と変化した。『Cell』は「Church(教会)」を意味し、英語化して『Kilrymont』となった。のちに1160年に建設された大聖堂にちなんで今の『St. Andrews』という名になった。
参考文献;

コメント

Unknown さんの投稿…
有難うございます。私自身イギリスには26年住んでいましたがー特に帰国前の11年間はBourton-on-the-Waterにすんでいました。不思議な地名については気になりながらも仕事に追われて調べる事を怠っていましたがたまたま貴女のブログにめぐり合い一気に疑問が解けました。それにしても大変な史料です。学術論文にもなるのでは?御努力に敬服します、これからEUから独立しそうなEnglandで波乱が一杯起こるかと思いますが元気で御活躍下さい。Hooray!
i-ADNES さんの投稿…
コメント有難うございます。イギリスに26年も住んでいたとのこと。きっと思い出もいっぱいですね。私はまだ5年目で、知らないこともたくさんあります。Bourton-on-the-Water、素敵なところですよね。地名は面白くて調べているうちにこのボリュームになりました(笑)。また思い出した時にでもブログを読んでいただけると幸いです。
サナエ さんのコメント…
スコットランドに1年間住んでいました。スコットランドでAyrとかGlencoeとかPitlochryとか読み方も変わった地名が多かったので「きっとケルト語からきてるんだろうな」と思ってました。地名の由来を知ってさらにイギリスが好きになりました、とても面白かったです!ありがとうございました。
i-ADNES さんの投稿…
確かにスコットランドは変わった地名が多くて興味深いですよね。こちらこそ楽しんでいただけて幸いです。