ピトロッホリ―
先月、ともに楽しい時間を共有してきた古き良き仲間にお会いしました。彼の向上心と行動力にはいつも脱帽させられます。そして、そんな彼を見るたびに思い出す場所が、スコットランドにあるピトロッホリー(Pitlochry)という町。なぜならお互い行ったことのある場所だったから。日本人にとっては、ツアー旅行と言うよりも、個人旅行で訪れる場所だと思います。
ここはタンメル川に沿った小さな町で、避暑地としても知られています。私は友達と(エディンバラからの)日帰り旅行で行ったのですが、とても可愛らしい町でした。小さなレストランでハギスを食べた記憶があります。その日、紙袋に軽食&おやつを入れて持ち歩いていた私。突然の雨で紙袋が濡れて破け、悲惨な状態になったという思い出の場所でもあります(笑)。
この町には夏目漱石も訪れたのだそうです。彼の作品に『永日小品(えいじつしょうひん)』というものがありました。新聞に掲載された短編で、ロンドン留学時代のことなどを題材にして書かれたものです。その中の『昔』では、スコットランドで訪れたピトロッホリーの風景について書いています。文中ではピトロクリと書かれていますが、この発音、とても難しいので、そう聞こえなくもない。実際、私もピトロッコリだと思っていたしね。それに『イギリスの地名の由来』を書くときは、地名をどう日本語に置き換えるかいつも悩むんですよね~。
『永日小品・昔』(夏目漱石)
ピトロクリの谷は秋の真下にある。十月の日が、眼に入る野と林を暖かい色に染めた中に、人は寝たり起きたりしている。十月の日は静かな谷の空気を空の半途で包んで、じかには地にも落ちて来ぬ。と云って、山向へ逃げても行かぬ。風のない村の上に、いつでも落ちついて、じっと動かずに靄んでいる。その間に野と林の色がしだいに変って来る。酸いものがいつの間にか甘くなるように、谷全体に時代がつく。ピトロクリの谷は、この時百年の昔し、二百年の昔にかえって、やすやすと寂びてしまう。人は世に熟れた顔を揃えて、山の背を渡る雲を見る。その雲は或時は白くなり、或時は灰色になる。折々は薄い底から山の地を透かせて見せる。いつ見ても古い雲の心地がする。 (略)うーん。これだけでもやっぱり夏目漱石の文章力ってすごいなって思う。
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