フィンガルの洞窟

スコットランド西岸に広範囲に広がる大小の島々は、総称してヘブリディーズ諸島(Hebrides)として知られています。スコットランド・ゲール語でヘブリディーズを意味する『Innse Gall』は「異国人の島」を意味し、この異国人とは「ノース=ゲール人」を指すといいます。ノース人は北方からやってきた人々、つまりヴァイキングを含む古代スカンディナヴィアの人々とゲール人としてのルーツを持つゲール人の混血と言う訳です。特にスコットランドへ渡ったノース人はこのようにケルト系民族と混合して、独自の氏族社会をつくったんですね。そういった歴史と自然が色濃く残った島々なんだそうです。そんなヘブリディーズ諸島の一つに、スタファ島(the island of Staffa)という島があります。先史時代、スタファ島はスコットランドから大西洋に向かって張り出した氷床の下にあり、2万年前頃に氷が溶けると海抜が現在より25mほど下がったそうです。14000年前のスタファ島は現在よりも大きな島で、マル島とつながっていたと言われています。そして海面が上昇したことで孤島となり、火山性の凝灰岩からなる姿を現したのです。

そこに、アイルランドの伝説に欠かせない場所『フィンガルの洞窟(Fingal's Cave)』と呼ばれる洞窟があります。洞窟の高さは約22 m、奥に約82 m伸びており、洞窟に入ると、まるで古代の職人が彫ったかのような、背が高く、暗い柱が次々と現れるのだそうです。実はこの洞窟、1772年に18世紀の自然主義者ジョゼフ・バンクス(Sir Joseph Banks)により発見され、スコットランドの詩人、ジェイムズ・マクファーソンの叙事詩によって「フィンガルの洞窟」として知られるようになりました。古代の人々はかつてここを「メロディーの洞窟」を意味する『Uamh-Binn』(発音分からないけど)と呼んでいたそうです。洞窟の奇抜で自然な岩の形状が、神秘的な音色を生み出すそうなのです。どんな音色か気になりますね。ちなみに、メンデルスゾーンの『フィンガルの洞窟』も、その光景に霊感を受けて作曲したものだと言われています。ここは彼に限らず、近代の芸術家たちにインスピレーションを与えている場所なんですね。

Source; Wikipedia; Fingal's Cave

さて、『マクリー・ムーア・ストーン・サークルズ(Machrie Moor Stone Circles)』を調べた時に、神話に基づく巨人戦士『フィンガル(Fingal)』の名が出てきたので、もしや同じ?と思ったのですが、同じでしたね。なので、今回はフィンガル繋がりです。彼は古代スコットランドやアイルランドの神話に出てくる英雄で、別名フィン・マックール(Finn mac Cumhal)とも言うそうです。先に、スコットランドの詩人、ジェイムズ・マクファーソン(James Macpherson;1736-1796)についてさらりと触れましたが、彼は1761年にスコットランド、ハイランド地方の太古の英雄詩人オシアン(Ossian)が詩作した『長編叙事詩(an Ancient Epic Poem in Six Books)』を発見したと発表しました。それは、ハイランド地方を舞台とするスコットランド・ゲール語の叙事詩(歴史事象、伝承、英雄伝などを物語る長編の韻文)で、そこで彼が「フィンガル」と翻訳したことに起因するようです。ところが、その叙事詩が本物かどうかは疑わしく、どうやら言い伝えや古謡などをもとにマクファーソン自身が創作した近代作品とみなされている節がある。この英雄詩人オシアンの原型は、アイルランドの伝説の英雄詩人オシーン(Oisín)であることから、フィンガルのモデルも、オシーンが語った神話上の英雄フィン・マックールであろうということなんですね。これは誤訳と言う意味ではなく、詳しくは分かりませんが古ゲール語における名前の派生に関係しているようです。なので、調べていても、もともとのフィン・マックールの名前ばかり。こちらの方が知られているようです。

「フィンガルの洞窟」は古代スコットランドとアイルランドの伝承に関連しており、アイルランドの巨人フィン・マックール(フィンガル)が、ライバルであるスコットランドの巨人ベナンドナー(Benandonner)と戦うために、ジャイアンツ・コーズウェイ(Giant's Causeway;巨人の石道)からフィンガルの洞窟への橋を建設したという神話があるんですね。ジャイアンツ・コーズウェーは、北アイルランドにある、これまた火山活動で生まれた4万もの石柱群が連なる地域です。いずれも神話に基づく地名を持ち、神話で繋がった場所なんですね。なんだか神秘的です。おそらくアイルランド側と、スコットランドのフィンガルの洞窟に同じ玄武岩の柱があることから影響を受けて生まれた神話なのでしょう。

Source; Wikipedia
Giant's Causeway, Co. Antrim, Northern Ireland.
https://www.flickr.com/photos/alphageek/20005235/

神話ですので、いくつかバージョンがあるようですけど、ひとつはベナンドナーが自分よりもはるかに大きいことに気付いたフィンは身を隠し、赤ん坊に変装します。ベナンドナーは「赤ん坊」の大きさから、その父親であるフィンは自分より大きな巨人の中の巨人に違いないと思い込み、フィンが彼を追いかけることができないように道を破壊してスコットランドに逃げ込んだというお話です。ジャイアンツ・コーズウェイの神話やメンデルスゾーンの『フィンガルの洞窟』が気になる方はこちらをどうぞ。



現在、スタファ島は無人島ですが、ツアーがあるようです。「フィンガルの洞窟」は1986年以降、ナショナル・トラスト・フォー・スコットランド(National Trust for Scotland)に、「ジャイアンツ・コーズウェイ」は、ナショナル・トラスト(National Trust)によって管理されています。

参照;

  • https://en.wikipedia.org/wiki/Fingal%27s_Cave
  • https://visitmullandiona.co.uk/listings/fingals-cave/
  • https://www.visitscotland.com/see-do/unique-experiences-map/seeing-a-unique-cave/
  • https://en.wikipedia.org/wiki/Fionn_mac_Cumhaill

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