ジェーン・グレイ

久々に歴史の(噛み砕いた)お話。前回、薔薇戦争について触れたけれど、リチャード三世を打ち破り、イングランド王となったランカスター派のヘンリー・テューダーは、敵対したヨーク派のエリザベス・オブ・ヨーク(エドワード4世の娘。ロンドン塔で行方不明となった二人の王子のきょうだい。)と結婚して、戦争に終止符が打たれました。そして、二人の間に生まれた子供のうちの一人がのちのヘンリー8世です。6度の結婚とイングランド国教会の成立とごう慢な人生を歩んだ王様。死亡後、跡を継いだのは、男児で唯一存命していた息子のエドワードくん、9歳。そのルックスは恰幅のいい父ちゃんと違って、まぁ貧弱だこと。。。9歳で貧弱となれば、当然周りが動き出す。そんなエドワード君は、未婚のまま15歳で病死してしまいます。本来ならば、エドワードくんのお姉ちゃんメアリとエリザベスが継承者なのですが、プロテスタントが浸透しつつあったこの時代、メアリはカトリック信者、そして二人とも未婚だし~ってことで結婚相手次第で国が危険にさらされる可能性があったのです。そんな中、跡継ぎのいないヘンリーくんが、周囲の助言(?)を受け、推定相続人としたのがこのジェーン・グレイでした。

Source; http://heroinesofhistory.files.wordpress.com
ジェーン・グレイ(Jane Grey;1537-1554)といえば、在位たった9日間!のイングランド女王です。ジェーンのパパは王様だった訳じゃない。でも彼女はヘンリー7世の曾孫に当たるとして、王位継承権がありました。そこに目を付けた人物(ノーサンバランド公ジョン・ダドリー)は、自分の息子を王にするべく、プロテスタントの彼女と結婚させ、ジェーンを王位に押し上げました。既婚、プロテスタントという意味で、ジェーンはメアリとエリザベスより条件が適していたのです。でもちょっと強引。。。エドワードくんが一人っ子だったならまだしも、メアリが正当な継承者に見えますよね?陰謀、陰謀、陰謀の時代だもんね。。。

結局、ジェーンはすぐに反逆者としてメアリ派に捕らえられます。そんな訳で、在位が9日間だったのです。幽閉生活を経て、1554年2月12日にロンドン塔で斬首刑に処されます。当時彼女は16歳。冷静に処刑台に立ったと言われています。時代は違えど、背景は違えど、自分の処刑に対し、しかも16歳で、そんなに冷静でいられるものなのか?王位に就かずに済んだなら、平穏な人生が待っていたかもしれないジェーン。夫と同じ日に処刑され、同じ場所に埋葬されているけれど、果たして彼女の結婚生活は幸せだったのだろうか?今度資料があったら読んでみようっと。

参考文献

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