シェークスピア語録-Wild-Goose Chase

『Wild-Goose Chase(野生雁の追いかけっこ)』といって、何を想像するでしょう?羽根をバタバタさせながら、予想外の方向へあちこちと逃げ惑う雁を、腰を曲げながら両腕を差し出して追いかけるちょっと滑稽な人間の姿。なのになかなか捕まえられない。。。実はこの英語、なかなか得られぬものを苦労して追い求める、大変な割に見合った成果が得られないという状況から「骨折り損のくたびれもうけ、無駄な追跡、無駄骨を折る」などの意味で用いられます。

文学作品の中で初めて『Wild-Goose Chase』という言葉が使われたのはシェークスピアの「ロミオとジュリエット(Romeo and Juliet)」で、初版は 「優れたうぬぼれの悲劇(An excellent conceited tragedie of Romeo and Iuliet: 1597)」として印刷されています。調べてみると、元々の『Wild-Goose Chase』の意味は全く異なり、そもそも雁とは何の関係もなく、むしろ馬に関係していました。シェイクスピアの時代、馬を同時にスタートさせ、先頭になった方の騎手が自分の行きたいコースを走り、他の馬に一定の距離を保ち追従させるというクロスカントリー競馬がありました。その種の競馬が「一定の距離を保つ」雁の隊列V字飛行に似ていたことから「ワイルド グース・チェイス」と名付けられたのだそうです。現在の無駄な追跡という意味は、英国の辞書編纂者:サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson: 1709-84)の『英語辞典(1755 年)』によれば、この比喩的な用法と、もともとの語源が忘れられて「雁を追うこと」を指す言葉として再解釈されたことから生まれたようです。

さて、「あぁ、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?(O Romeo, Romeo, wherefore art thou Romeo?)」という台詞は有名ですが、この言葉はロミオとジュリエットが舞踏会で互いに恋に落ちて別れた後、ロミオがやっぱりもう一度会いたい!と、こっそりキャピュレット家の中庭に忍び込んだ時、愛しきジュリエットがバルコニーに立って放った言葉で、第2幕第2場に登場します。その翌日、舞踏会ではぐれたマキューシオやベンヴォーリオの元にロミオが現れ、お前どこ行って何してたんだよーという会話となり、ロミオとマキューシオが言葉遊びによる頭脳戦(第2幕第4場)を繰り広げていきます。なのでこの辺、言葉使いが非常に巧みです。ロミオが言葉遊びを競馬に例えて挑んできたため、マキューシオはこのやり取りをスピード感ある競馬のゲーム「ワイルド グース・チェイス」という言葉で返しているようです:
“Nay, if thy wits run the wild-goose chase, I have done, for thou hast more of the wild-goose in one of thy wits than, I am sure, I have in my whole five” -  Romeo and Juliet, Act II, Scene IV, 1592

(意訳)いやいや、ワイルド グース・チェイスが愚かさを試すゲームだとしたら、俺は負けだよ。だって5つの知的能力(常識、想像力、空想、記憶、判断力)のいずれにおいても、お前は俺より多くのグース(=愚かさを表す)を持っているじゃないか。」

つまり、マキューシオは自分より愚かなロミオには敵わないと嘲笑的に論じているのです。ここでの2人の会話は「グース」という言葉がカギになっていきます。彼らは冗談やダジャレを言い合っているようですが、ジョークが古典過ぎて私には細かいことまで理解できません。ただ、会話でどちらが上手いジョークを言えるのか、「グース」という言葉を用いてダジャレが言えるのかというような言葉のゲームを繰り広げているようです。もともと「グース」は、「ばか、とんま、間抜けな人」という愚かさを意味したり、ルーズな女性や売春婦を指す軽蔑的な俗語でもあります。会話のやり取りの中で、素早く機転を利かせて、上手いことを言って主導権を握る。朗読を聞いていて、個人的には現代のラップバトルのようなイメージを持ちました。この後も「グース」を用いた会話が続きます。もしかしたら、俗語の意味で昨日の夜、女となんかあったんじゃねーの?との話題にもっていって、探りを入れたかったのかも??というのは深読みし過ぎかな?

因みに、シェークスピアの時代、馬車はまだ普及までには至っていませんでした。もちろん裕福であれば、自分の専用馬車を持つこともできましたが、馬やその維持費、馬車の運転手を雇うとなると当然費用がかかりました。人気のルートに沿って馬車宿や中継宿が建てられ、旅行者、御者、馬が宿泊できるようになりました。シェイクスピアがロンドンに旅した時、おそらく馬に乗って移動し、友人とその妻が経営するオックスフォードのインに滞在したと考えられています。ストラットフォード・アポン・エイボンからオックスフォードを経由してロンドンのグローブ座までの道のりは約95マイル(約153Km)。現在ストラットフォード・アポン・エイボンには、シェイクスピアが幼少期を過ごした家から徒歩5~10 分の距離に鉄道駅があり、ロンドン中心部までの電車の所要時間は約2時間30分となっています。

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