スキン・ドア

バスを乗り継ぎ、2019年に訪れたカッスル・ヘディンガム(Castle Hedingham, Essex)。そこでまず最初に足を踏み入れたのがこのセント・ニコラス教会(St Nicholas Church )でした。建物の歴史は12世紀初頭にさかのぼるようですが、それ以前からこの場所に教会があったそうです。現在の建物は基本的にノルマン建築ですが、中世のフリント、17世紀のレンガなど、その時代時代のものが追加された外観になっているのが分かります。

St Nicholas Church, Castle Hedingham

Castle Hedingham

さて、タイトルにある『スキン・ドア(Skin Door)』は何のことかと言うと、まぁ、文字通りの意味なんですけど、たまたま親切な地元の人が、「教会南のドア(写真下)にはデーン人(北欧ヴァイキング)の皮膚が貼られていたんだよ」と教えてくれたのです。その時はドアに人の皮膚という状態が理解できず「どういうこと?どういうこと?」と疑問に思ったのですが、後々調べてみるとそこには興味深い話がありました。

伝説によると、教会で強盗が捕まった際、他の泥棒を抑止するために彼の皮膚をドアに釘付けにしたというのです。実際、カッスル・ヘディンガムの教会では19世紀にドアを改装した際、鉄製部分の下に人間の皮膚らしき痕跡が見つかったそうなのです。

St Nicholas Church, Castle Hedingham

調べていくうちに、エセックスを中心として、実は同様の伝説がいくつか存在していることが分かりました。その内容はどれも「かつてデーン人が神聖な教会のものを略奪しようとした。そこで捕らえられたデーン人の皮を剥ぎ、教会のドアに打ち付けた」というものでした。邪悪な考えを持って教会に近づく全ての人に対し、こんな恐ろしい罰を与えたんだぞという警告にしては、やや理解に苦しむ感じがします。確かに、そのような略奪行為に対しては当時厳しい罰がありました。アルフレッド法典と呼ばれる法により、教会の強盗には罰金が科せられ、罪を償わなければその汚れた手も切り落とすというものです。

エセックスでは、カッスル・ヘディンガムの他に、ハドストック(Hadstock)とコップフォード(Copford)の教会にも同様の伝説が伝わっているそうです。また、ウスター大聖堂(Worcester Cathedral, Worcester)やウェストミンスター寺院(he Abbey Church of St. Peter’s, Westminster, London)にも同様の伝説が残されているのだとか。さらに、17世紀に活躍したイギリスの官僚サミュエル・ピープス(Samuel Pepys; 1633-1703)の日記にも、デーン人の皮膚で覆われていたというロチェスター大聖堂(Rochester,  Kent)の大きな扉を見学したことが記されていました。

"Then to Rochester, and there saw the Cathedrall, which is now fitting for use, and the organ then a-tuning. Then away thence, observing the great doors of the church, which, they say, was covered with the skins of the Danes. 1 and also had much mirth at a tomb, on which was “Come sweet Jesu,” and I read “Come sweet Mall,” &c., at which Captain Pett and I had good laughter. "

Samuel Pepys, Wednesday 10 April 1661

実はオックスフォード大学が、2003年にハドストックにあった皮膚のDNA鑑定を行っています。結果、「皮膚」は古代のものではあったものの、普通の牛の革であったことが明らかとなったのです。では、伝説は嘘なのか?実際のところカッスル・ヘディンガムのサンプルは既に失われており、全てのサンプルで立証できない限り、真実は不明のままということになります。ハドストックの場合、ドア自体は1040-70年頃に作られたもの、つまりはアングロ・サクソン時代の古いものであることが証明されており、それはまさにデーン人による侵略の時代まで遡ることになります。確かにエセックスは北海に面しデーン人による残虐な攻撃を頻繁に受けた地域でもあります。だから、なんとなく信憑性があるようにも思えてしまう。ただ、アングロ・サクソンの教会では、木と木の隙間を防ぐために、ドアは習慣的に牛革で覆われていたとも言われているのです。そのため、それを誰かが面白おかしく、デーン人の皮膚と言った?ものが、歴史と相まって信じる人が増えて広まり、伝説となって残ったのではないかという見方が専門家の間ではなされているようです。

確かにインパクトがあり、人が興味・関心を持つような話です。そのため、この教会を訪れた好奇心旺盛な人々が興味本意に記念・土産として、ドアの皮膚をちぎって持ち帰った。だから、鉄製部分の下にだけ、皮が残っていたという訳だったのです。以前、ポルステッドという村で起きた殺人事件でも、まるで観光地のように人が訪れ、墓石などの一部を記念に土産として持ち去ったという話を読んだことがあります。また、人間(ポルステッド殺人事件の犯人)の皮膚で装丁されたという人皮装丁本も実在しています。不気味ではありますが、例えば犯罪者の死体を見世物としていたように、そういうものの一部を「記念品」として持ち帰る事は普通に行われていたようです。

以前、ロチェスターもウスターも訪れて大聖堂を見ていますが、当時は何も知りませんでした。また、壁画がキレイと言うことで、2016年にコップフォードの教会にも行きましたが、残念ながらヴァンダリズムの影響でドアには鍵が掛かっていました。どの時代も教会は荒らされるんですね。。。でも素敵な教会だったな。

Copford Church, Essex


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参照;

  • https://saffronwaldenhistoricalsociety.files.wordpress.com/2014/01/hadstock-church.pdf
  • http://www.castlehedingham.org/history/st-nicholas-church
  • http://www.foxearth.org.uk/DanesSkin.html
  • Essex Ghosts & Legends, Pamela Brooks, Halsgrove

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