ブラック・シャック

手塚治虫氏の漫画『ブラック・ジャック(Black Jack)』じゃないよ。ブラック・シャックです。イギリスの民間伝承において『ブラック・シャック(Black Shuck, Old Shuck, Old Shock, Shuck等)』と呼ばれる幽霊のような奇妙で恐ろしい黒い犬(ウルフハウンド)にまつわるお話があります。「シャック」とは、古英語で「悪魔」を意味する『soucca』に由来する名前です。古いものでは14世紀デボン南部のダートムーアに現れて人を殺した黒い犬の話があり、これはアーサー・コナン・ドイルが書いたシャーロック・ホームズシリーズの長編小説のひとつ『バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles)』の元になったと言われています。
Source; Wikipedia
By Nbauers - Photo taken in 2018Previously
published: Rural Rambles Round Bungay, CC BY-SA 4.0,
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16世紀には、海岸線や田園地帯をうろつくとされるその黒い犬の姿がイースト・アングリア地方を恐怖に陥れました。サフォークでは、1577 年8月4日の朝にバンギィ(Bungay, Suffolk)という村でこの巨大なウルフハウンドが稲妻の中、教会のドアを倒し、中でひざまずいて祈りを捧げていた 2 人を殺したといいます。さらに12 マイル離れたブリスバーグ(Blythburgh, Suffolk)のホーリー・トリニティ教会へ移動し、大勢の会衆を通り過ぎて身廊を駆け上がると、男性と少年を殺し、尖塔をも崩壊させたと言われています。ホーリー・トリニティ教会北側の扉に今でも残る焦げ跡は、その時獣の爪によって作られたと伝えられており、地元の人々は「悪魔の爪痕(the devil’s fingerprints)」と呼んでいるそうです。この黒い犬のイメージは今でもバンギィの紋章にも取り入れられています。1577 年にエイブラハム・フレミング氏(Abraham Fleming; c.1552-1607)は、彼の著書『奇妙で恐ろしい傷(A Straunge and Terrible Wunder)』においてバンギィ事件について記しています。では、この事件は本当に起こったのでしょうか?

実は2014 年、サフォークにあるレイストン修道院(Leiston Abbey, Suffolk)の発掘調査中に敷地内から約2mもある犬(オス)の骨が発見されたとニュースになりました。地元の人々はその大きさからすぐに、遺体は「ブラック・シャック」に違いないと主張しました。墓石などはなく、地表下約50mに埋葬されており、専門家は生存時の犬の体重は90㎏を超えていた可能性があると考えています。その後の情報はちょっと見つけられなかったのですが、同じ地層で発見された陶器が1500年代のものと確認されたことから、当時このような巨体の犬が存在していたとしたならば、フレミング氏の本の内容も単なる創作怪談ではなかったのかも!?しれません。

さて、様々なブラック・シャックに関する伝説がある中、ノーフォークに伝わる話がちょっと異なっていたので紹介しましょう。

1709年1月28日の夜、ノーフォークの海は高さ20ft超えの高波をもたらす暴風に見舞われ、陸地でも木々や家屋、教会などが被害を受けました。そんな中、果物やスパイス、その他の食料品を積んだ船がこの嵐に巻き込まれて難破したのです。船長と乗組員は、吹き荒れる嵐の中で必死に小さな船を操縦しようとしましたが舵が利かず、海岸沖の浅瀬に流されました。材木を引き裂く音と共に、乗組員の絶望的な悲鳴がして、次々と流されていきました。船長は船内に留まっていても死あるのみだと思い、覚悟を決めました。彼は愛犬ウルフハウンドの首輪をつかみ、乱流の波に飛び込んだのです。彼らはわずか数ヤード離れた海岸へと必死に向かいましたが、流れに勝てずに溺死してしまいました。

嵐が止んだ翌朝、地元の人々が貴重品を求めてビーチをくまなく探していると、男性と犬の死体に出くわしました。船長はしっかりと犬の首輪をつかんだまま、犬のあごは主人のジャケットにしっかりと固定されており、人間と犬が必死に寄り添っていた様子がはっきりとわかりました。生存者は全くおらず、流されてきた乗組員と船長の遺体はソルトハウス教会の墓地に運ばれ、印のない墓に埋葬されました。一方、大きな黒いウルフハウンドは砂浜に穴を掘って埋葬されました。

数週間後、大きな黒い犬がビーチを走り、飼い主に吠えている姿が人々によって目撃されるようになりました。年月が経つにつれて、彼の伝説的な外見はよりグロテスクな姿へと変化して伝わり、いつしか現在語られているような「大きな赤い目と黒い毛むくじゃらの姿」という死の前兆のような恐ろしいイメージとして描かれるようになりました。

忠犬ハチ公のようなちょっといい話が、恐ろしいブラック・シャックとして姿を変えたのはなかなか面白いですね。実際、ヨーロッパ北部の文化では、厳しい冬には凍死の可能性があるため、吹き荒れる風の音をハンターの群れや何か恐ろしいものの仕業と解釈することで、屋内にとどまるように警告する方法として神話化していたという話もあります。この地方でも人々は特に一月下旬や嵐の夜は教会やビーチを歩き回らないようなことが書かれてあったので、同様に危険回避を促す意味で、民間伝承によって伝わったのかもしれません。余談ですが、嵐の後に人々が貴重品を求めてビーチを歩いていたという話がなんとなく生々しくて、昔の人の行動が垣間見えた一文でした。因みにブラック・シャックをモチーフとしたジン(アルコール)があります。

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